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食わず嫌いが旅するパリ①CHANEL本店で知ったエレガンスの正体

のっけから愛想のない書き出しで申し訳ないが、パリには興味がなかった。

「Paris大好き♡」

という人や雑誌の記事を目にするほどに、ひねくれ者の私はかえって敬遠してきた。

ヨーロッパ旅行といえばParis、おしゃれな街といえばParis。なんとか in Paris。

猫も杓子もパリ、Paris、って、なんて軽率な。

「パリがなんぼのもんよ?」

と、謎の反発心を抱いていた。

だが、ものの弾みでロンドンに住むことになってパリは突然近くなる。

ユーロスター(新幹線のような電車)でたったの2時間。周りには、セールの時期に日帰りで行ってきた、なんていう人もいる始末。

日本から長期で遊びに来た母も、

「ヨーロッパに旅行するなら、どこに行ってみたい?」

と尋ねると、

「パリかな」

と答えるではないか。

「パリでどこに行きたいの? ルーブル美術館? ヴェルサイユ宮殿?」

「そうねー」

しばらく考えていた母は、

「とりあえずCHANELの本店に行きたい」

と言った。

私の母はシャネラーでも、もちろんセレブでもない。だが三十年近く勤めた仕事を退職した記念にCHANELの時計を買って以来、かの高級ブランドがお気に召しているらしい。

「あ、そう? じゃあ行ってみる?」

パリに興味がない私は、CHANELにもそれほど思い入れはない。

むしろギラギラした人々が集う、なんだかややこしそうな所だな、とさえ思っていた。

とはいえ、せっかく日本から来た母の希望は最優先である。

電車とホテルさえ予約すれば、パリ旅行の手配は簡単に完了してしまう。

五歳の娘とアラ還暦の母、アラフォーの私の三世代女子旅。夫もおらず、やや不安である。

だが私の心配をよそにユーロスターはあっという間にドーバー海峡をかいくぐり、ノルマンディー辺りに上陸したと思ったらパリ北駅に無事到着した。

近い。

そして驚くべきことに、到着してわずか数分のうちに、

「パリ、素敵ー♡」

と、親子三世代全員が快哉を挙げていた。

「何が?」

と聞かれると、うまく答えられない。

パリ北駅自体は、ロンドンのターミナル駅と大きく違うかというとそれほどでもない。

でも、アーチ型の大窓、緑青色に塗られた柱、抑制の効いた内装のカラーリング。

空間の全てが、

「洗練されてますよー! ええ! ここ、パリなんで!!」

と聞こえない大声で訴えているのだ。

駅を出ると小雨がぱらついている。ロンドンなら、

「ちっ、今日も雨か」

と舌打ちの一つもしたくなるところだが、

パリ北駅を飾るギリシャ風の彫像たち、冬枯れの街路樹、石畳の道路がそぼ降る雨に濡れていると、むやみやたらと風情がある。何かが違う。

そう、つまり私は自分で呆れるほど簡単に、Parisにやられた

完敗である。

夢見心地のまま、オニオンスープにエスカルゴと定番の料理を楽しんだ我々は上機嫌でホテルに一泊。

翌朝、いざシャネル本店へ。

インターネットの情報では入店制限があるとか、行列するとか書いてあったが、フツーにあっさりと門戸は開かれた。

出迎えてくれたのは長身の黒人男性だった。太い黒縁の丸メガネが、手入れの行き届いたツヤツヤの肌を知的に引き締めている。

「ボンジュール、マダム。ウェルカム トゥー CHANEL」

マネージャーだと名乗った彼は娘にも、

「ボンジュール、マドモワゼル」

と、長身をしなやかに屈めたと思うと、一輪の白い花をどこからともなく取り出し、差し出したではないか。

滑らかな一連の所作は、まるで手品のよう。

ムッシューに純白のカメリアを差し出された娘はビビって、せっかくの花を一度は拒んでしまう。

しかし、CHANEL本店の店長たる彼は動じない。恥ずかしがり屋の五歳を、歓迎の微笑みをもって受け入れる。

私はエレガンスとはこのことか、と思い知る。

それはつまるところ、優しさなのだ。

優しい心を相手に示すこと。それも、一番うつくしいかたちで。

正直言って、これ見よがしなブランドロゴを振りかざす流行に私は気恥ずかしさがあった。

CHANELのマークはその最たるもの、というイメージだった。

だが、ことの本質はそうではなかったのだ。

洗練された装いやしぐさは、虚栄のためにあらず。

優雅さというのはきっと、愛を伝えるためにあるのだ。

彼によって私達は緊張を解かれ、美しいシャネル本店で楽しい時間を過ごした。

気さくな店員から適切なアドバイスを受けながら、母の退職祝いには春色のスカーフを一枚プレゼントする。
パリに連れてきてくれたお礼だと、私まで記念にピアスを買ってもらう。

娘が無事にムッシューから受け取った白いカメリアは今、おもちゃのキッチンに飾られている。

「ブランド物の上着(これはロンドンのアウトレットで買ったもの)を着ていたから、良い客だと思って待遇が良かったんだろう」

と、冷めた夫はのたまう。そんなことない、とは思うけど、その可能性を全否定するほどには、私だって若くはない。

だがたとえそこに打算があったとしても、遠い国から来た私たちをCHANELが、そしてParisが歓迎してくれた記憶は、有名なあのロゴを目にするたびに蘇るだろう。

九州で静かな老後を送る母と、異国で頑張る娘の胸に、暖かくも心踊る思い出として。

食わず嫌いだった私の初めてのパリは、その後も感動し通しの旅となる。

追記:ちなみに「パリの人はさぞかしプライドが高くて冷たいはずだ」とも思い込んでいましたが、タクシーのお兄さんが娘のために「ピコ太郎」の曲をかけてくれるなど、皆さんとても親切でした。ごめんね、Paris。今は見事に手のひらを返して大好きです。

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クリスマスシーズンのデパートや絢爛豪華なオペラ座、帰りのユーロスターで大失敗した話は、こちらの記事にいいねが10個付いたら公開しますw

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