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色でめぐる世界と物語へ

店に並べているの本の表紙をInstagramに投稿しています。

先日、スペイン北部のパンプローナで開催された、牛追い祭りがコロナ禍ののち、3年ぶりに開催されたことがニュースに取り上げられていました。サン・フェルミン祭といえばヘミングウェイの『日はまた昇る』ですが、店にはなかったので、同じスペイン北部、ピレネー山中の山里を舞台にした『黄色い雨』(フリオ リャマサーレス著、ソニーマガジンズ、2005年)の表紙画像を投稿しました。

『黄色い雨』の翻訳者、木村榮一さんの解説には、木村さんがマドリード近郊の書店で本書に出会うくだりが記されているのですが、そのなかに、ペルーのノーベル文学賞受賞作家、バルガス・リョサの名が出てきます。

そういえば、店にバルガス・リョサの『緑の家』(岩波文庫、2010年)があったなあと。

奇しくも、というか、木村榮一さんは、スペイン語文学翻訳の第一人者なので、驚くべきことではないのかもしれませんが、『緑の家』の翻訳者でもあります。

そんなつながりもあって、黄色から緑へと結んでみようと、翌日には、広大なペルー・アマゾンを舞台にした、ラテンアメリカ文学の傑作『緑の家』の表紙をアップしました。

そしたらもう、信号機感覚で、次は、赤ねと。頭をめぐらせて、思い浮かんだのは、莫言の『赤い高梁』。岩波文庫の中にあったのではと、ひと眺めしましたが棚にはなく、代わりに目に入ったのが、これまたノーベル文学賞受賞者、トルコのオルハン・パムクの『わたしの名は紅(あか)』(藤原書店、2004年)。オスマン帝国時代の都イスタンブールを舞台に、細密画師の殺人事件の謎解き、そこに恋愛模様が加わる、歴史娯楽ミステリーです。

こういうのはすぐ息詰まるので、と思いながらも、もう少し、色つながりを続けたくなり、見回すと、『ホワイト・ティース』(ゼイディー・スミス著、河出文庫、2021年)を発見。イギリスはロンドンの下町を中心に、白人とバングラデシュ出身の男性ふたりの半世紀にわたる友情とその家族が引き起こす悲喜劇が描かれます。

白があるなら、黒もあるさ、と背表紙のタイトルを追っていると、

ありました!

澁澤龍彦の『黒魔術の手帖』(河出文庫、1983年)。
中世ヨーロッパなどの神秘思想の系譜をひもといています。

これで、印刷で色を再現する際に必要な4色のインク、イエロー、マゼンタ(赤紫)、ブラックはそろったので、あとはシアン(青)がほしいところ。

モンゴメリのカナダを舞台とする『青い城』(角川文庫、2009年)を棚に見つけて、翌日投稿しました。

いい加減やめようと、黄金で締めくくることに。ミシェル・トゥルニエの『黄金のしずく』(白水社、1996年)を昨日、投稿しました。サハラ砂漠に生きていた羊飼いの少年がパリへ旅立ち、そこでモデルとしてもてはやされて……という批評的な物語。

これで合わせて七色、色のついたタイトルの本を投稿しました。

世界各地を一色で単純化するものではありませんが、スペイン・ピレネー山中の村にひとり暮らす老人に降り注ぐ「黄色い雨」、砂が降る地に築かれた娼館「緑の家」での快楽、アマゾンにはびこる密林の緑に、オスマン帝国で紡がれた装飾写本を彩る、鮮やかな「紅(あか)」、ロンドンに生きる、バングラデシュ人やジャマイカ人の褐色の肌に映える「白い歯」、ヨーロッパ中世の暗黒時代に流行した「黒魔術」に、カナダの豊かな自然に現れる「青い城」、そして、日を浴びて黄金に輝くサハラとフランス人女性の金髪、マグレブ(≒北アフリカ)の移民労働者が住み着くパリの「黄金のしずく」地区、とそれぞれの色が、それぞれの地に、なんともマッチするではありませんか。

ステレオタイプに土地の色を決めつけるわけではないと断りを入れましたが、書いてみて、そうする必要もありませんでした。

たとえば、ロンドンの白。それは白人だけを指すわけでなく、そこに暮らすエスニック・マイノリティも、誰もが持つ歯の色ですし、黄金はリッチなイメージそのものですが、パリに存在する「黄金のしずく」(グット・ドール)は、けっして裕福ではない地区です。これらの物語には、一色にいろいろな意味が込められています。

※グット・ドールは近年、再開発が進められていて、ジェントリフィケーション(都市において、比較的低所得者層の居住地域が再開発や文化的活動などによって活性化し、その結果、地価が高騰すること。そうして、低所得者層がそれまでの住まいから追いやられる)が起こっているらしいです。さらに複雑な黄金色になりそう。

また、モンゴメリといえば、『赤毛のアン』ですが、色がうまく使われています。孤児でやせっぽち、そばかすと赤毛で劣等感を抱くアンが自己を肯定していくなかで、赤が反転していきます。『青い城』でも、29歳の“オールドミス”のヴァランシーは現実から離れて逃げ込む空想上のものでしかなかった「青い城」を、やがてカナダの美しい森の中に見出していきます。

同じ色、同じ色のついた景色も、見方が変わっていきます。

多様に染められ、また染め直されていく物語を探して、本で世界を旅する。そんな楽しみ方もありそうですね。


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