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自分を取り戻すための日記 26

2022.5.28 再び、時給600円の世界<前編>

秋に予定していた演劇制作の仕事をクビになった。

1年前からスケジュールを押えられ、そのために他の仕事のオファーが来ても断っていた。
この仕事は「来たもの順」で受けるのが誠実なやり方だから、私は先に頂いた案件をいつも優先している。
約束は絶対守るのが、私の仕事の流儀だし誠意だ。

フリーの身なので、仕事を受ける時はまず「お金の話をきちんとしてから」と決めている。
でも、コロナ禍の中で演劇制作会社の資金繰りがどこもかしこも厳しいことと、どこもかしこも政府の補助金頼りで、その補助金が出るかどうかで予算が大幅に変わるので、補助金の結果まで待って欲しいと言われた。
だから待っていた。
でも、そのうちに打ち合わせは入ってくるし、キャスティングまで手伝っているし、すでに色々なことが動き始めている。
この事前の動きはまったくギャランティに加算されない。

やっと補助金の結果が来たと連絡があった。
今回は補助金審査に落ちた。
「だからこの金額で」と提示された金額を見て、私は目をむいた。
仕事量と仕事内容と拘束期間・時間を総合的に見たら、1日12時間~15時間拘束で、約9,000円。
1日15時間働いたら、時給600円。
東京都の最低賃金が1,041円の世界で、時給600円…。

演劇業界は何も変わっていない。
昨年のnote「演劇制作のリアルでブラックな日々」でも書いたが、
コロナ前のパワハラ・セクハラ・詐欺・搾取・暴力・労働基準法違反・基本的人権無視の非人道的な業界のままだ。
コロナ禍3年目になっても何も変わっていない。
なんならお金がなくなってますます酷くなっているのかもしれない。

いまや演劇業界は「補助金をもらうためだけに公演している」ところも多々ある。
芝居をしたいから補助金を申請するのではなく、補助金が欲しいから芝居をうつという構図。
だからやりたくないのに嫌々いい加減に丸投げでやっている所も多々ある。
「公演をやった」という実績だけが欲しいから、そこには何の情熱も内容の精査も結果も求めない。
酷い制作会社や劇団は「客なんか入らなくてもいい」とまでさえ言っている。
だから観客を入れるための工夫も努力もしないし、観客を置き去りにした「補助金演劇」が多数出現している。

その丸投げにしたシワ寄せが、すべて私のようなフリーのスタッフに回ってくる。
まったくやる気のない制作会社に安いギャラで丸投げされ、責任もすべて背負わされる。
失敗したら「フリーの雇われ制作のせい」、成功したら「自分たちの手柄」。
でも、どちらにしても私たち雇われスタッフにはギャラはほんの少ししか払われない(払われるだけまし)。

だから、時給600円というギャランティ提示になる。
主催は上から偉そうに「だって補助金がもらえないんだから仕方ないでしょ?チケットもまったく売れないんだから」と切れ気味に話す。
だからお金を払えないと、そんなに煩く言うならクビを切るぞと脅迫する。

チケットが売れないのは現場のスタッフには何の関係もないぞ?
大手芸能プロダクションにごり押しされて、チケットの売れない旬を過ぎた有名人をキャスティングしたのはお前だろ?
お前たちが観客を呼び込む工夫も努力もしていないせいだろ?
お前たちのいい加減な仕事ぶりがもう観客にもバレていて、信頼がないからチケットも売れないんだろ?
自分たちが無能でいい加減でだから巻き起こした最悪の結果を、一生懸命働く現場のスタッフから搾取することで帳尻合わそうとするな!

制作会社のプロデューサーは証拠を残さないために、決してメールでは答えない。
雑談のついでのようにギャラの話をしてくる。前もって言っておくと録音されると困るからだ。
すべては計算ずく。
最初から最後まで正当な金額を払うつもりはない。

もう全部わかっている。
だから私はもう我慢しない。妥協しない。
「最低金額はこれです。これを払えないなら私はやりません」と宣言する。
だから私はクビになる。

前はそのことで演劇制作の仕事を失い、収入がなくなるのが怖くて、我慢して安い金でやったけど、何ひとついいことがなかった。
身体を壊したし、何よりも心を壊した。
我慢して入った現場はなにひとつ楽しくなかったし、愚痴と不満ばかりが溜まっていった。
自分を安く便利に使われると、誰よりも自分自身が自分自身を貶め、自尊心はますます低くなる。

搾取され暴力を振るわれ、正当な報酬を支払われず、過剰な責任を背負わされ、安く便利に使われるだけの奴隷にはもうなりたくない。
奴隷になるぐらいなら、辞めたほうがいいし逃げたほうがいい。
正当な報酬を要求してもそれを無視され、恫喝され脅迫され、基本的人権や労働基準法にのっとった人間らしい働き方ができないなら、
それは仕事ではなく、もはや犯罪行為だ。

昨年のnoteにも書いたが、元々実家が金持ちか誰かに扶養されていてお金を稼がなくても十分暮らしていける経済状態でないと、演劇は続けられない。
演劇はもはや職業にはなれない。
仕事としては成り立たない。
国が定める最低賃金も払えない仕事なんて、職業でなく趣味だ。
演劇は金持ちの道楽でしか出来ない、金のかかる贅沢な趣味なのだ。

「ただ演劇が好きで好きでたまらなくて、お金もらわなくても好きだからやります。演劇がなくなったら生きていけないんです。ご飯食べられなくても生活できなくてもいいです」
という層は昔から一定層いるし、この人たちはどんな状況になっても、どんな時代になっても演劇をやり続けるだろう。
もはやこういう人たちか、元々お金持ちしかもう演劇はできないのかもしれない。

この苦しいコロナ禍の中で、誰もが自分の生き方や働き方や業界の有り方を再考し、再構築してきた中で、演劇業界はなにも変わらなかった。
変わらないどころかますます酷くなった。

いっそ一度壊滅したほうがいい。
すべて潰れて、ゼロからもう一度やり直した方がいい。

離れた観客はもう帰ってこない。
一時の演劇ドリームはもう醒めてしまった。
「ただ良い作品づくりをしたい。そこに参加したい」と純粋に夢見て、この業界に希望を持って入って来た多くの役者やスタッフが、暴力と搾取と欺瞞が蔓延する業界に深く傷ついて、去って行ってしまった。

観客に夢や希望を見せるこの仕事が、
その内部の人の夢や希望を搾取して食い殺して成り立っているなんて、
そんな残酷なことがあるか。

演劇業界だけじゃないだろう。
いまSNSを中心に大きくなって来ているビッグウェーブは、やがて日本のエンターテインメント業界全体、日本の芸能界全体を飲み込むだろう。
そして、その後ろに存在している大きな影もやがて飲み込むだろう。
一度発生した大波はすべて飲み込み洗い流すまで収まることはない。
波が引いた後に残るのは一体何か。

その嵐の後の浜辺になにが残っているのか、それを見たくてたまらないし、
そこにあるのがかつて失ってしまった「夢」や「希望」の欠片だったらどんなにいいかと思う。

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