#ショートショート
掌編小説「1984年のサンセットサイダー」
夕方のニュース番組は、ロサンゼルスオリンピックの様子を報道していた。
真面目そうな三十代前半くらいの女性アナウンサーが、今日は日本の誰がどの競技で何色のメダルを獲得し、どんな感想を述べたかといった客観的な事実を簡潔に伝えていた。
僕はテレビの向こうの彼女が読み上げる選手の名前を誰一人として知らなかったから、特にこれといった興味を抱かなかったし、どんな感慨も覚えなかった。
僕が知ってい
ショートストーリー「人魚狩り」
「人魚を狩りに行こう」
突然ルームメイトにそんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。
実際、おれもちゃんと戸惑ったし、「何だって?」とちゃんと訊き返した。
「だから、人魚狩りだよ」とルームメイトは少し口を尖らせながら、潮干狩りみたいなニュアンスで言った。
「人魚を狩る?」おれは首を捻った。「そもそも人魚って実在するのか?」
「おいおい」ルームメイトは呆れたように笑った。「実在しないも
ショートストーリー「絶対に名は明かせない」
喋ってみると、名無しの権兵衛は意外といいやつだった。
彼の部屋は僕の隣で、以前から気になる存在ではあった。
だって、決して自分の名前を明かそうとしない同学年の隣人なんて、気にならないはずがない。
だけど同時に、決して自分の名前を明かそうとしない彼のその特殊性は、周りから一定の距離を置く役割を果たしていた。事実、彼は寮の中で浮いていた。
だけどひょんなことから、僕は彼と親しくなった。
【毎週ショートショートnote作品】涙鉛筆
休み時間、教室の後ろの棚で、僕と佐々木と高田はバトル鉛筆で遊んでいた。
「あ! バトエン!」背後から女子の声がした。
振り返ると、そこには学級委員長の藤尾美久がいた。
「みーちゃった、みーちゃった。セーンセに言っちゃお」と藤尾は歌い、「先生っー」と叫びながら教室を飛び出していった。
佐々木は舌打ちをした。「藤尾のやつ、先生にチクリに行きやがった」
三時間目の算数が始まる直前、僕ら
【ショートショート】中華料理店にて
営業先との商談に失敗した帰り、俺と高橋は近くにある中華料理店に寄った。
失敗して落ち込んだとしても、空腹は満たす必要がある。
そうでなければ、午後から始まる別の営業は乗り越えられないのだ。
俺たちは店の一番奥にある壁際のテーブル席に腰を下ろし、俺は五目そばと炒飯、高橋は酢豚と天津飯を注文した。
小ぢんまりとした店内には、カウンター席と四つのテーブル席が配置されており、俺たちの他に客
【ショートショート】カーネル・サンダースの呪い
〈先日投稿した、短編小説『少年たちの秘密基地』でカットしたシーンを編集して、ショートショートに仕上げたものです〉
僕らの秘密基地は小さな森の中にあって、白い布に囲まれた円筒の形をしている。
使わなくったシーツを利用して、木々の間を輪の形に覆っているのだ。
控えめな蝉の鳴き声が、至る所から聞こえていた。
放課後、僕ら-僕とマナブとシゲチーとよっちゃんと掛布の5人-は秘密基地内で、次にど
【空白小説応募作品】吾輩は狸である。
楽しそうな企画だと思い、Twitterにて応募してみました。
せっかくなので、noteにも掲載しておこうと思います。
「吾輩は猫である」で始まり、「名前はまだない」で終わるショートショートを考える企画です。
【毎週ショートショートnote作品】1分しまうま
一分間だけ、シマウマが局地的に大量発生する地帯がある。
それは僕が通う小学校の校庭だ。
毎日午後二時四十五分になると、決まって学校の校庭に何十頭ものシマウマの群れが突如出現するのだ。
そして午後二時四十六分になった瞬間、シマウマの群れは一頭残らず校庭から消滅する。
この現象は今日に至るまで二十八年間続いていて、我が校の伝統みたいになっている。
入学したての一年生は午後二時四十
ユウヒ飲料の自動販売機【ショートショート】
自動販売機の扉を開けると、その向こうには『昭和40年代の世界』が広がっていた。
* * *
本日9台目になる自動販売機の飲料を補充し、集金を終えた俺は、トラックに乗り込み、車を発進させた。
車内のラジオからは、ブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』が流れている。
時刻は午後1時半過ぎ。道は空いていて、もう5回は信号に捕まっていない。
俺は自然と『ボーン・