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ショートショート集

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短編小説よりも短い作品を掲載しています。
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記事一覧

【掌編】ふたつのハレー彗星

【掌編】ふたつのハレー彗星

1986年・冬 川崎市青少年科学館の屋上では、多くの子供たちが望遠鏡の順番待ちをしている。

 目的は、76年ぶりに地球に接近したハレー彗星。
 だけど今回は近日点の問題など、悪条件が重なって、残念ながら肉眼では観測することはできない。

 だから、僕を含めた地元の子供たちは、超高倍率の大型望遠鏡を求めて、自然とこの科学館に足を運ぶことになる。
 僕は去年の十二月から何度も足繁くここに通い、望遠レ

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【ショート】無限階段に囚われた男〜あるいは上昇と下降の囚人とJFK暗殺について〜

【ショート】無限階段に囚われた男〜あるいは上昇と下降の囚人とJFK暗殺について〜

 早朝の135番通りを北に歩いていると、〈無限階段に囚われた男〉に声をかけられた。

「あなたの小説のファンです。サインを頂けますか」
 彼はそう言って、一冊のペーパーバックとサインペンを私に渡してきた。
「お安い御用です」
 私は彼の要望通り、慣れた手つきでサインをしてやった。

 だが、その本は私の著作ではなかった。それはケネディ大統領暗殺事件について書かれた本だった。
 私はサスペンスを専門

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ショートストーリー「空飛ぶ少年兵」

ショートストーリー「空飛ぶ少年兵」

 眠れなかった。
 ベッドの上で毛布にくるまってから何時間も経つのに、まだぼくは夢の世界を訪れることができなかった。

 きっと、幽霊がいっぱい出てくる映画を観てしまったせいだ。就寝前にそんなものを観るから、恐怖が眠気を上回っているのだ。
 まるで深い深い森の奥で、捨てられておびえた子犬になった気分だ。
 冴えた目で、天窓に四角く切り取られた星空を見つめながら、そんなことを思った。

 ふっと短く

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掌編小説「1984年のサンセットサイダー」

掌編小説「1984年のサンセットサイダー」

 夕方のニュース番組は、ロサンゼルスオリンピックの様子を報道していた。

 真面目そうな三十代前半くらいの女性アナウンサーが、今日は日本の誰がどの競技で何色のメダルを獲得し、どんな感想を述べたかといった客観的な事実を簡潔に伝えていた。

 僕はテレビの向こうの彼女が読み上げる選手の名前を誰一人として知らなかったから、特にこれといった興味を抱かなかったし、どんな感慨も覚えなかった。

 僕が知ってい

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ショートストーリー「人魚狩り」

ショートストーリー「人魚狩り」

「人魚を狩りに行こう」
 突然ルームメイトにそんなことを言われたら、誰だって戸惑うに違いない。
 実際、おれもちゃんと戸惑ったし、「何だって?」とちゃんと訊き返した。

「だから、人魚狩りだよ」とルームメイトは少し口を尖らせながら、潮干狩りみたいなニュアンスで言った。
「人魚を狩る?」おれは首を捻った。「そもそも人魚って実在するのか?」
「おいおい」ルームメイトは呆れたように笑った。「実在しないも

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ショートストーリー「絶対に名は明かせない」

ショートストーリー「絶対に名は明かせない」

 喋ってみると、名無しの権兵衛は意外といいやつだった。

 彼の部屋は僕の隣で、以前から気になる存在ではあった。
 だって、決して自分の名前を明かそうとしない同学年の隣人なんて、気にならないはずがない。
 だけど同時に、決して自分の名前を明かそうとしない彼のその特殊性は、周りから一定の距離を置く役割を果たしていた。事実、彼は寮の中で浮いていた。

 だけどひょんなことから、僕は彼と親しくなった。

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【ショートショート】夜景国家

【ショートショート】夜景国家

 居間のコーヒーテーブルで遅い昼食を摂りながら、私は無感情に窓の外を眺めていた。

 現在時刻は午後二時四十分だが、外は真っ暗で闇に包まれている。
 街には無数の街灯が浮かび、大通りを行き交う車はどれも例外なくライトを点けている。
 アパートメントの十二階の一室から見える、いつもの光景だ。

 昼間の時間なのに外が夜のように暗い理由ーこれは私の住む都市、ブライトシティが巨大な円盤の影に覆われている

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【ショートショート】UFOについての省察

【ショートショート】UFOについての省察

「聞いたかい? アメリカ議会が半世紀ぶりにUFOに関する公聴会を開いたらしい」テーブルの向かい、タブロイド紙を広げながら彼が言った。
 私は頷いた。「当たり前じゃないか。なんたって、我々に関係する出来事なんだから」

 彼は私に目線をやり、不敵な笑みを浮かべた。「大方、NASAがUFOの調査に乗り出すんだろうが、徒労に終わるだろうね」
「なぜ?」私は訊いた。
「この時代の彼らが、我々の文明には遠く

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【毎週ショートショートnote作品】涙鉛筆

【毎週ショートショートnote作品】涙鉛筆

 休み時間、教室の後ろの棚で、僕と佐々木と高田はバトル鉛筆で遊んでいた。

「あ! バトエン!」背後から女子の声がした。

 振り返ると、そこには学級委員長の藤尾美久がいた。

「みーちゃった、みーちゃった。セーンセに言っちゃお」と藤尾は歌い、「先生っー」と叫びながら教室を飛び出していった。

 佐々木は舌打ちをした。「藤尾のやつ、先生にチクリに行きやがった」

 三時間目の算数が始まる直前、僕ら

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【ショートショート】中華料理店にて

【ショートショート】中華料理店にて

 営業先との商談に失敗した帰り、俺と高橋は近くにある中華料理店に寄った。

 失敗して落ち込んだとしても、空腹は満たす必要がある。
 そうでなければ、午後から始まる別の営業は乗り越えられないのだ。

 俺たちは店の一番奥にある壁際のテーブル席に腰を下ろし、俺は五目そばと炒飯、高橋は酢豚と天津飯を注文した。

 小ぢんまりとした店内には、カウンター席と四つのテーブル席が配置されており、俺たちの他に客

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【ショートショート】アイスクリーム工場

【ショートショート】アイスクリーム工場

 町のアイスクリーム工場が潰れることを知ったのは、今朝のことだった。

 僕はその報道をテレビのニュース番組で目にした時、言葉には出さずとも軽いショックを受けた。

 子供の頃からそのアイスクリーム工場で生産されたアイスクリームをよく食べていたし、小学生の時には学校の課外授業の一環で工場見学にも行った。

 長い間親しんできた町のアイスクリーム工場が潰れ、その工場の製品がもう食べられなくなるという

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【ショートショート】カーネル・サンダースの呪い

【ショートショート】カーネル・サンダースの呪い

〈先日投稿した、短編小説『少年たちの秘密基地』でカットしたシーンを編集して、ショートショートに仕上げたものです〉

 僕らの秘密基地は小さな森の中にあって、白い布に囲まれた円筒の形をしている。

 使わなくったシーツを利用して、木々の間を輪の形に覆っているのだ。
 控えめな蝉の鳴き声が、至る所から聞こえていた。

 放課後、僕ら-僕とマナブとシゲチーとよっちゃんと掛布の5人-は秘密基地内で、次にど

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【空白小説応募作品】吾輩は狸である。

【空白小説応募作品】吾輩は狸である。

 楽しそうな企画だと思い、Twitterにて応募してみました。
 せっかくなので、noteにも掲載しておこうと思います。

「吾輩は猫である」で始まり、「名前はまだない」で終わるショートショートを考える企画です。

【毎週ショートショートnote作品】1分しまうま

【毎週ショートショートnote作品】1分しまうま

 一分間だけ、シマウマが局地的に大量発生する地帯がある。

 それは僕が通う小学校の校庭だ。

 毎日午後二時四十五分になると、決まって学校の校庭に何十頭ものシマウマの群れが突如出現するのだ。

 そして午後二時四十六分になった瞬間、シマウマの群れは一頭残らず校庭から消滅する。

 この現象は今日に至るまで二十八年間続いていて、我が校の伝統みたいになっている。

 入学したての一年生は午後二時四十

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