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#02 デンマーク④ 食から始まるソーシャルムーブメント

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。エストニアに続いて訪れたのは、世界最先端の“食の発信地”として注目を集めるデンマーク。完全無農薬のオーガニック農場、ムーブメントの原点となった“ヒッピーの聖地”、「ニュー・ノルディック・キュイジーヌ(新北欧料理)」の最前線レストラン……リサーチメンバーの気づきから、食と都市の新しい関係をひもといていきます。
▶前編 ③ コペンハーゲンでの“食を巡る冒険”
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デンマークにおける食と社会の関係

コペンハーゲンで日系二世として生まれ育つなか、“フリータウン(自由の街)”として知られる「クリスチャニア(Christiania)」(記事③参照)での体験を経て、デザインを通して社会を変えていく「ソーシャルデザイン」の考え方に惹かれていった井上聡(いのうえ・さとる)さん。
弟の清史さんとともに立ち上げたファッションブランド「THE INOUE BROTHERS...」は、華やかなアパレル産業の裏の顔ともいえる綿花栽培が原因の環境汚染や、獣毛素材の生産に伴うアニマルウェルフェア(動物福祉)の問題、発展途上国における労働搾取などに立ち向かう“エシカル(倫理的)ファッション”の担い手として、日本でも高い注目を集めています。
その井上さんの案内のもと、デンマークのフードカルチャーの実態をリサーチするなかで、食の問題は単に人々の空腹を満たすだけに留まらず、都市生活や社会のあり方、環境に対するサステイナブルな意識に至るまで、人間を取り巻くあらゆる事物と関連があることが見えてきました。

リサーチチームの気づき:

自然に沿ったあり方へのマインドシフト

人類の歴史を遡ると、農業の誕生とともにその恵みを身のまわりの人同士で分かち合う仕組みが生まれ、その生活基盤の上に今日につながる社会システムが築かれてきた。にも関わらず現在の状況は、農薬の過度な使用による地力の低下や、河川を通じて流れ出した化学物質による海洋汚染など、むしろ農業が環境破壊の大きな一因となっている。この事実に目を向け、現代における食と社会のあり方をいま一度、見つめ直す必要があるだろう。

こうした視点のもとにデンマークのオーガニック農家を訪れると、環境に対する負荷やサステイナビリティへの意識、畜産動物などに対するエシカルな思想が、生産の現場だけでなく都市部の人々の生活スタイルへ浸透することによって、互いに相乗効果を及ぼしていた(記事②参照)。また、都心の第一線で活躍していた人々が地方へと回帰し、自然や人同士とのつながりを求めるなど、社会レベルで大きなマインドシフトが起きていることも見て取れた。
このような意識の変化は、どのような背景からもたらされているのか。こうしたムーブメントをふまえた街づくりに必要なこととは何だろうか。より注意深く見ていく必要があるだろう。

オーガニック農場「Birkemosegaard(ビルケモースゴード)」にて。みずみずしさに輝く無農薬野菜や、幸せな生育環境でのびのびと育つ牛や豚たちの姿が印象的だった。

自由と個性が尊重される、新たなカルチャーの発信地

コペンハーゲンの中心部に位置する“もう一つの自治国家”ともいえるクリスチャニアは、都心とは思えないほどの自然と、そこに住んでいる人々の身体の延長ともいえる創造性にあふれた空間が融合を果たした街だった。たとえお金を費やさなくとも、一人ひとりが自分なりの幸せを感じ、個としても街全体としてもさまざまな個性のあり方を発揮できる場――。その自由奔放な姿は、前もって立てられた計画や予測の実現ではなく、最低限のルールの中で多様な人々の感性が入り混じった結果、もたらされたものといえる。つまり、コミュニティにはあらかじめデザインできない領域があり、ある種の“有機的な場”が予測不可能な形で醸成されていくとも考えられる。

また、クリスチャニア内に店を構えるスケートショップ「ALIS」のオーナーにして、伝説的なスケートボーダーでもあるアルバート・ハッチウェル(Albert Hatchwell)氏は、隣接するスケートパークを自分たちの手で建設した後、チャリティで世界各地にスケートパークを設立し、後進の育成に力を注ぐなど、ストリートカルチャーをきっかけに地域の発展や社会貢献に大きな影響を与える人物だった。
いまや国を挙げての運動となったオーガニックムーブメントや、細やかなゴミの分別を含めた自然環境への取り組みも、思想的なアクションとしてクリスチャニアから広まっていったものであり、都心において異文化を湛えるこの場所こそがさまざまなカルチャーの発信地となっていることを、現地での体験を通して理解できた。

クリスチャニアにて。アルバート・ハッチウェル氏が設立したスケートパークをはじめ、ほぼすべての建物が住民たち自身の手で建てられ、太陽光発電などエコロジカルな精神の下に運営されている。

ローカリティが生み出す、そこにしかない価値

デンマーク発のフードカルチャーの最前線をいくレストラン「Kadeau(カドー)」(記事③参照)は、ボーンホルム島のローカリティを最大限に活かしながらも、それを新たな食文化へと昇華し続ける挑戦の場でもあった。提供される品々は新鮮にしてシンプルな“その土地の味”とともに、料理人の豊かな創造力を感じさせるものばかり。それは、“その場所にしかない個性”を素材として、“そこでしか味わえない価値”を創り出す、鮮やかにして誇り高い姿勢の賜物だった。ここでしか味わえない唯一無二の体験を求めて、世界中から人々がこの店を訪れる。確かな価値を湛えた食には、場所や文化の隔たりを超えて人々を呼び寄せる力があることを実感した。

「Kadeau」にて。旬の素材に発酵などデンマークの伝統的な食材保存手法を組み合わせ、この土地でしか味わえない食体験を演出する。


→ 次回  02 デンマーク
⑤ オーガニックという名の“あるべき生き方”


リサーチメンバー (デンマーク取材 2018. 8/15〜17)
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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