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声に出して読む「えがないえほん」(大友剛)

翻訳者自らが語る! おすすめ翻訳書の魅力 第6回
"The Book with No Pictures" by B. J. Novak 2014年9月出版
えがないえほん』 著:B・J・ノヴァク  訳:大友 剛
早川書房、2017年11月21日発売

画期的な絵本との出会い

この絵本の翻訳の話をいただいたのは出版から遡ること約3ヶ月前。出版社の方に原作の「The Book with No Pictures」を初めて見せてもらった時のことは今でも忘れられない。かつてない発想に衝撃を受けた。タイトル通り絵が一切なく文字だけの絵本。しかもストーリーと言えるものさえないのだ。その代わりに文字の色や大きさには工夫がある。読み手と聞き手のやりとりを楽しむ仕掛けもある。そして極めつけは随所に登場する擬音語やオノマトペ、おバカな言葉たち。
ストーリーはないが、意味のない言葉で子ども達の爆笑を引き出してしまう仕掛けがある。それは読み手に課せられたたった1つのルール。「書かれている言葉を、全部声に出して読むこと」。ルール説明の後に続くのは、
「ぶりぶりぶ~!」
「ほんにゃまんかぺ~」
「ばびろんばびろんぼよよよよ~ん」
などの擬音語だ。

ここまで説明しても、大人にはまだこの絵本の面白さは伝わらないかもしれない。幼稚園や保育園の保育士さんなど、普段から大勢の子どもたちに毎日のように読み聞かせをしている方なら直感でウケる!と感じる人がいるかもしれない。
さて、実際の読み聞かせではどうか。私はこれまで色々な場所で200回以上この絵本を読み聞かせしているが、どこで読み聞かせをしても子どもたちは大爆笑だ。ありがたいことに今のところ空振りに終わったことは一度もない。

そして文字通り“えがないえほん”にも関わらず、2018年末に発表されたばかりの「MOE絵本屋さん大賞2018」では、大賞部門と読者投票部門ともに第4位に選ばれた。

原作者B・J・ノヴァクさんとの対談

この画期的な絵本を作り出したのは、アメリカの俳優で作家で映画監督と多彩なB・J・ノヴァクさん。彼は視聴率が高かったTVドラマにレギュラー出演していたおかげで、街を歩くのも大変なほどの有名人。なんとつい最近、彼の来日を機に対談を実現することができた。
彼はスタンダップコメディアンでもあるが、日本のお笑い芸人のイメージとは打って変わり、物静かでまさにインテリといった印象。まず私は、この絵本を作り出した背景について尋ねた。彼は「幼い時から絵本が大好きだったが、情緒的で美しいものや、幻想的な絵本は沢山あったが、笑えるような楽しい絵本はなかった。だから子ども達が大笑いするような絵本を作ろうと思い立った」という。

そこで編み出されたのが、子ども達に向けたまるでお笑いの台本のような絵本だ。台本のセリフ自体は2日間で書き上げ、しかしデザインにはたっぷり時間をかけたとのこと。
この台本は読むだけで子ども達が大笑いしてくれるように仕組まれている。つまり普段大人が絶対に言わないであろうおバカで意味不明な言葉を“読まされる”設定だ。だから読み手となる大人には子ども達から“笑われる”覚悟が必要だ。その覚悟さえあれば読み方の練習などしなくても全く問題ない。むしろ下手ならそれもまた子ども達にとっては面白さの要素にさえなってしまう。お笑い芸人やサーカスのピエロは人から笑われる為に多くの工夫と稽古と場慣れが必要とされるが、この絵本は既にそれらを凝縮してくれているというわけだ。

『えがないえほん』は大人と子どもの関係性を解きほぐす

笑いがもたらす様々な効果は多く語られているので、ここで紹介するまでもないが、もう1つこの絵本の優れた要素は、読み手(大人)と聞き手(子ども)との関係性を揉みほぐしてくれるという点にある。この関係性のマッサージ効果は、その場の楽しさだけに留まらず、その後のコミュニケーションの大きなプラスになると私は感じている。
日本人に限らず、大人と子どもの関係は時おり揉みほぐしが必要な場面があるように思う。親と子ども、保育士と園児、教師と生徒など。関係がギクシャクしてしまうのは何故か? それは関係性が一方通行気味になっているせいかもしれない。
子ども=教わる者、大人=教える者という構図が作りだす弊害なのか。子育ての専門家が「子どもから教わる姿勢が大事」と言っているのを耳にしたことがあるが、日常の中で言って聞かせるのは避けて通れない場面も少なくない。それが続くと、子どもの方も勘弁してくれとなる。関係修復の為に、子どもの目線になってじっくり丁寧に時間をかけてあげたいところ。しかしそれが許されない時だってある。そんな時に役立つのが、絵本による関係性のマッサージ。機嫌が悪かった子どもが笑い転げて、あっという間に揉みほぐし完了!

出版後、私の元には絵本に関するエピソードが多数寄せられている。中から数例を紹介しよう。普段はとても仲が良いという小6と小2の姉妹。一度喧嘩になると険悪なまま寝てしまうことがあるらしい。
その日も学校での出来事を母親に報告する優先権で揉めていた。いつものように待つように言われたお姉ちゃんが、年上ゆえ我慢を強いられるのに嫌気がさし、口を聞いてくれなくなってしまった。
その時、妹用にと購入してきた『えがないえほん』を読み聞かせ始めると、妹はもちろん、お姉ちゃんの方も寄ってきて嘘のように笑顔になり、笑い転げ、その様子を見た母親も幸せな気持ちになった。その後二人ともお互いを思いやりながら代わる代わる学校の報告をし、3人ともハッピーな気持ちで眠りにつくことが出来たということだ。

もう1つの事例は幼稚園年長男児がいる3人家族。父親は仕事のため息子との関わりは日曜日のみに限られる。週一の休みに息子が不機嫌に泣き叫ぶのを聞きながら、育児の大変さを痛感する日々を送っていた。
そんな時友人から贈られた『えがないえほん』に出合った。早速読み聞かせをしてみると、すぐに息子が爆笑したのだという。嬉しくなり、要求されるまま3回読んだ。息子が父親と共有した時間に心から満足している様子で、父親自身も仕事のストレスなど吹き飛んでいることに驚いたとのこと。

他にも「文字に初めて興味を持ち、書き写しを始めた」「絵本に関心を示さなかった子どもや、障がいのある子どもたちが絵本を好きになった」「中学生の年頃の娘と母の不仲が続いていたが絵本により数年ぶりに笑い合った」「親子で“納豆の味噌汁”を作ってみた」など嬉しいエピソードが山程ある。また、園長や校長、住職、牧師など権威ある立場の人にとても喜ばれている。

絵本の枠を超えて

各地で読み聞かせをすると、『えがないえほん』についてこんな質問をもらうことが少なくない。「これは絵がないから、絵本とは言えないのでは?」と。毎回返答に困り、苦笑してしまう。
そもそも、文字と絵の境界線はどこか? それはまるでエッシャーの鳥と空の境界線を探すようなもので実はとても難しい。しかしそれを気にするのは大人だけ。子どもはそんなことはどちらでもお構いなしで、ただただ楽しんでいる。その態度は大人も見習うべきと、私自身言い聞かせたりしている。区別を明確にすべきことは他に沢山あるのだから。その意味でも「えがないえほん」は絵本の枠を広げた作品と言えるだろう。

さて、B・J・ノヴァクさんとの対談に戻るが、彼との会話の中で一番盛り上がったことを紹介したい。それは、読み聞かせの際の子ども達からのレスポンスについてである。
彼がとても嬉しく、自負していることは、どんな階層でも、どんな環境でも、どの国であっても、子ども達が見せる反応は共通しているということ。それはこの絵本の価値が普遍的である証だと彼は言っていた。
そして、絵本のちょうど真ん中あたりにある「ぼくがこのほんを よみきかせている こどもたちは じんるいのれきしのなかで いちばんすばらしいこどもである」というページ。
彼が難病の子ども達の病棟で読み聞かせをした時のこと。ベッドで聞いていた少女が、このページに差し掛かると小さな声でしかしとても誇らしげに「イェ〜イ!」と両腕を高く上げたのだ。それを見て彼はとても胸が熱くなったという。私も日本でほとんど同じような体験を何度もした。私たちはその感動を共有し、固く握手して再会を約束した。

執筆者プロフィール:大友剛 Otomo Takeshi
ミュージシャン&マジシャン&翻訳家。自由の森学園卒業後、アメリカ・ネバダ州立大学で音楽と教育を学ぶ。現在「音楽とマジックと絵本のコンサート」で国内外で活動。代表作に絵本「ねこのピート」シリーズ(ひさかたチャイルド)、絵本「はずかしがりやのきょうりゅう クランチ」(早川書房)など。東日本大震災後、被災地に音楽とマジックを届けるプロジェクト『Music&Magicキャラバン』を設立、全国の被災地で展開中。


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