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“やっかい”な問題を解く鍵は「対話」にある『他者と働く』読みどころ紹介

他の部署に協力を求めてもなかなか協力してもらえない。相手にロジカルに説明したのに何か別の理由をつけて反対されてしまう。見えない問題があることは認識しているけれど、どう向き合えばいいのかわからない。

組織ではしばしば、こうした“やっかい”な問題が起こりがちで、今まさに直面して悩んでいる人もいるのではないでしょうか?

わからず屋」たちとの「わかりあえなさ」といった一筋縄ではいかない問題に、私たちはどのように挑むことができるのか。その実践的なアプローチを深く学べるのが、今回紹介する『他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論』です。

ノウハウや技術では解決できない組織の課題を解く鍵となる「対話」

著者は経営学者の宇田川元一氏。組織における対話やナラティヴとイントラプレナー、戦略開発との関係についての研究を専門としており、埼玉大学経済経営系大学院の准教授を務めるほか、大手企業やスタートアップ企業でイノベーション推進や組織変革のためのアドバイザーや顧問も務めています。

宇田川氏は大学院生の頃に、中小零細企業の経営者だった父が他界。家族の中心人物の喪失と、残された家族で多大な負債を返済するという苦労を経験し、様々な利害関係者と話をする中で「正しいことと、実践との間には大きな隔たりがある」ということに帰結したそうです。
こうした問題に取り組んだことが、経営や組織、そして本書のテーマである“対話”に興味を持つようになった要因の一つだと言います。

著者は、世の中にはノウハウや技術で解決できる「都合のいい問題」と、それらの武器では解決できない「都合の悪い問題」があると述べます。ハーバード・ケネディ・スクールでリーダーシップ論の教鞭をとり、IBMやマイクロソフトなどのアドバイザーも務めるロナルド・ハイフェッツ氏は、前者を「技術的問題」、後者を「適応課題 ※1と定義しており、その「適応課題」を解くための実践的なアプローチとして、宇田川氏は「対話」を挙げています。

※1「技術的問題」…既存の方法で解決できる問題。
     「適応課題」…既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な課題。

他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論(P4-5)

そして、対話とは「新しい関係性を構築すること」であることから、対話の実践を通じて組織の中で新しい関係性を作ったり、変えたりしていくことをテーマにするこの本を「組織論」と副題で表現しています。
ビジネスの世界では誰もが「組織の関係性の中で起こる面倒な問題」に直面します。その際に“どう取り組めばよいのか?”ということに対して、「対話」を通して適応課題に挑むことが「」であり、「対話」の可能性に気づくことで、誰でもより自由に仕事ができるようになることを伝えています。

本書では適応課題を定義したハイフェッツ氏らが提唱する適応課題の4タイプ ※2についても掘り下げ、この後の章でも様々な具体的事例を各タイプに照らし合わせて紹介しています。いずれのタイプも「人と人、組織と組織の「関係性」の中で生じている問題」であり、このように相手がなぜその主張をするのかを考えることで「相手には相手なりに一理はある」ということが見えてきて「相手が自分の主張を受け入れられるにはどうしたらよいか」という視点に立てるようになると言います。この4タイプは適応課題に向き合う際に参考になると思いますので、興味がある方は詳細を本書にてぜひご覧ください。

※2『適応課題の4タイプ』
① ギャップ型:大切にしている価値観と実際の行動にギャップが生じる
② 対立型:互いのコミットメントが対立する
③ 抑圧型:言いにくいことを言わない
④ 回避型:痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりする

他者と働く 「わかりあえなさ」から始める組織論(P22-26)

破壊的イノベーションも、地道な対話の積み重ねから生まれている

本書で取り扱っている対話や適応課題へのアプローチは「ナラティヴ・アプローチ」という思想や方法に基づいて書かれています。
ナラティヴとは物語やその語りを生み出す「解釈の枠組み」のことで、起承転結のようなストーリーではなく、「その人たちが置かれている環境における一般常識」のようなものだと言います。
例えば、上司と部下の関係では、上司は部下を指導・評価する立場から部下に従順さを求め、部下は上司にリーダーシップや責任を求めます。ここではお互いに「上司たるもの/部下であるならば、こういう存在であるはず」という解釈の枠組みをもっているはず、と述べます。
そのような関係性において、相手のナラティヴから見るとこちらが間違って見えるといった“溝”が生まれるケースは当然あり得るので、まずは自分のナラティヴを一度脇に置いて相手のナラティヴを観察し、お互いのナラティヴの間にある溝を見つけて「溝に橋を架けていくこと」が「対話」だと言います。

著者はこの“溝に橋を架けていく”対話のプロセスを「準備-観察-解釈-介入」の4つのプロセスに大別した上で、うまくいかない時は躓いた段階を考えながら適宜修正するというアジャイルな考え方を推奨しています。そして、これらのプロセスはとても地道な作業の繰り返しではあるものの、それを回すことで新たな関係性を構築していくことが実感でき、強い組織に変化することができると述べています。
例えば「破壊的イノベーションと呼ばれるものも、実際にはかなり地道な作業の繰り返しから生まれています」と、Googleがマーケティングの世界に革命を起こした背景に、アドワーズの営業の人たちが経営陣のエリック・シュミット氏に対して一生懸命“橋を架ける活動”をしていたことを例に挙げながら、溝に橋を架けていくプロセスの重要性を説いています。

部門間の「溝」を解決するには、相手を変えるのではなく、こちら側の「ナラティヴ」を変えることが第一歩

著者はただナラティヴの溝を確かめるだけでは物事は前進せず、溝に立ち向かってより多くの人を動かすための行動こそが対話の実践であることを強調。そして、大きく3つの観点(「総論賛成・各論反対の溝」「正論の届かない溝」「権力が生み出す溝」)から対話を実践する方法を紹介しています。詳細はぜひ本書を読んでいただきたいのですが、新規事業開発部門と既存の事業部との対立、上司から部下へと連鎖している適応課題、マネジメントをする立場の人が直面している適応課題など、具体的なケーススタディを交えながら対話の実践を解説しているので、非常に理解しやすく共感できるポイントも多いと思います。

例えば、多くの企業で社長直轄の部署にてイノベーション推進が行なわれていますが、新規事業の収益化には時間がかかるのに対し、既存事業を担う部署は厳しいスケジュールと限られた予算で事業を回していることに言及。そのため、既存の事業部もイノベーションの重要性は理解しているものの、新規事業部に対して負の感情を抱くといった「総論賛成、各論反対」のような問題が生まれることについて取り上げています。
その結果、新規事業開発を担当する部署の人が既存事業部に連携や顧客の紹介を求めても冷ややかな対応をされたり、新規事業開発の部長クラスも役員会などで成果に対するプレッシャーをかけられ、2年目から予算を削られて3年目に部署が解体されたりするケースが実際に起きていると言います。
また、既存事業の事業部長や役員もイノベーションが必要なのは分かっていても「前線から人員を引き抜かれたり、予算や達成目標の締めつけが厳しかったりする」という状況下で成果の出やすい手堅い事業開発を選びたくなったり、一方で社長からは積極的に挑戦することを求められるという「板挟み」の中で「総論賛成、各論反対」という「ギャップ型」の適応課題がいくつもの会社で見られることを解説しています。

こういう課題に対して、例えば既存事業部が冷ややかな目を向けている場合、新規事業部のナラティヴで「新規事業は成果が出にくいのだ」といくら正論を説いても既存事業部にとっては「そうは言っても、我々も大変なことに変わりない」と平行線となり説得が難しいだろうと述べています。
前述した対話のプロセス「準備-観察-解釈-介入」をベースにこの溝に橋を架けていくには、まず「イノベーション推進に非協力的な人たち」と解釈してしまう自分のナラティヴを脇に置く「準備」を行ない、既存事業部をはじめとする利害関係者がなぜ非協力的なのか、何に困っているのか、潜在的に新規事業部に何を求めているのかを「観察」すること。そして、観察から得られた気づきをもとに、相手のナラティヴの中に飛び移り、相手の状況から自分をみることで、どこなら橋を架ける場所があるか?といった自分たちの役割を作り出す余地を発見(「解釈」)します。余地が発見できた後は、橋を架けるために実行すべきことを実際にやってみる(「介入」)。こういった4つのプロセスを回すことで「双方にとって意味のある成果の設定をなんとか作ることで「新しい関係性」を築ける」可能性があることを著者は説明します。本書では実際にとある大手メーカー企業の新規事業部が対話を実践して新規事業開発を推進させた事例や「対話のプロセス(準備-観察-解釈-介入)」について詳しく解説しているので、より具体的に知りたい方は本書をご一読ください。

他者とともに生きる上で、大切なことが学べる

本書の後半では、対話を実践する中で気をつけたいポイントについても言及しています。例えば、一度橋が架かった相手との間には強い結束ができる一方で、この関係性を大切にしたいという思いが生じることで馴れ合いになってしまい、言いたいことが言えなくなるといった「抑圧型」の適応課題が新たに生まれることもあります。著者はこうした「対話の罠」を5つ挙げて、それぞれ乗り越えるためのアドバイスを述べているので、これから対話にチャレンジする人はもちろん、すでに対話を実践している人にとっても参考になる内容となっています。

また著者はナラティヴ・アプローチとは、相手を変えるのではなく「相手のナラティヴをよく観察した上で、相手がよりよい実践ができるように支援していくこと」で、自分もより良い実践ができるようになっていくことを目指すものだと説いています。「自分の考えか、それとも相手の考えか」という対立関係を改め、両方が生きられる関係を構築する。それが本書の各章で述べてきたことの下敷きになっていると言います。

本書で著者が提唱している対話の実践は、“社内”という組織の中の課題解決に貢献するだけでなく、社外の取引先やパートナー企業などさまざまなステークホルダーとの関係性構築にも役立てられる手法だと思います。もっと言えば仕事に限らずプライベートも含めて、他者と過ごす生活のあらゆるシーンにも生かせるのではないでしょうか。著者の個人的な体験から、逆境の中でも対話に挑み続けてほしい、苦しみの中にある人に手を差し伸べてほしい、といったメッセージが綴られた「おわりに」も胸に染み入る内容でおすすめです。組織同士の関係性や他者との関係性に悩んでいる方や、新しいことにチャレンジしている多くの方にぜひ手に取っていただきたい一冊です。


他者と働く』の著者・宇田川元一先生と、東芝テックの鳥井(新規事業戦略部 CVC推進室長)がNewsPicksで対談しました。CVCに関する社内的な合意形成や出資先との関係構築のポイント、オープンイノベーションの意義などについて語り合っているので、こちらもご一読いただけると嬉しいです!


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