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起業しても社員を採れない、採っても辞められる。そこには衝撃の理由があった。

起業家のつのだアントレです。起業したばかり頃の苦い経験について恥を忍んで披露します。それは「人材の採用と定着」のことです。もう30年ほども前のことになりますが・・・、

・なかなか求める人材が思った通り採用できない
・幸い採用できたとしても、ほとんどがすぐ辞めてしまう
・採れない理由、辞めてしまう真の理由が分からない

起業家の皆さんの中には同じ悩みを持たれている人がいるかもしれません。上記のことがらは私自身の未熟さ故の実体験です。起業後、3年目あたりから徐々に良い人材が入り、定着もするようになりましたが、“採れない”、“定着しない”ことのホントの理由は当時、なかなか理解できませんでした。

本編では、その理由を明らかにしていきます。これから起業する人、今まさに起業し走り出している人に同じ轍(てつ)を踏まないでほしいと願い、私の恥を書くことにいたします。丁寧に数えてみますと恥は4つありました。以下、目次にしたがい一つ一つ記します。


一つ目:あとから思い知らされた衝撃の理由とは?

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起業して半年が経った時のこと。社員第一号を採用したいと思い新聞・雑誌に求人広告を出しました。発刊の後、何日か電話の前に座りじっと我慢。ついに朝一番、電話がなりました。電話の声は男性。「今日、面接大丈夫ですか?」と男性は言い、その日の午後、狭い古びた事務所にやってきました。

「どうぞ、こちらへ」と迎え、とっておきのお茶をいれ、たった二つしかない机の一つに座ってもらった。顔を見合わせた瞬間、何とも言いようのない沈黙があり、私から口火を切りました。

「履歴書はお持ちでしょうか?」。この言葉が終わらない内に、彼は私の言葉にかぶせてこう尋ねてきたのです。「ところで、社長さんはどちらにいらっしゃるんですか?」と。

「えっ、あの、私ですが…。」と答えた。この瞬間にもうダメだと思いました。私はまだ20代、その男性は40代。何と言いましょうか、格の違いが一目瞭然といった感じ。

「私が社長のつのだです」と、少し控えめに名乗ったが、人間力の違いというか、人生の厚みの違いというか・・・。“勝負あった”と一瞬にして内心つぶやいた。その男性、とうとう履歴書も出さず「つのださんは20代ですか、若いですね」とだけ言って、そそくさと帰っていったのです。これが無様な初めての採用面接でした。

二人目の面接は私と同年代の男性。音楽の話で熱く盛り上がりました。「いける、いける!」と思いきや、給与条件を提示し、仕事内容の説明をした辺りから冷めた空気に一転。質問なども一切なく尻切れトンボに。翌日、私から採用結果を連絡するはずが、その日の夕刻、早々先方から断りの電話がありました。「わおっ、なんで?」といった気持ちに。

三人目はパート採用の主婦でした。事務の仕事をお願いしようと思っての募集です。我ながらスマートな面接ができ、即採用。数日してさっそく勤務となりました。ところが3カ月が過ぎたころ、辞めたいと言ってきたのです。理由は家庭の事情ということ。仕方のないことと説得もしませんでした。

このように“即決で断られる、直ぐに辞められてしまう”といった状況がしばらく続きました。私は当時、これらの理由を「起業したばかりで待遇がよくないから」と考えていました。

ところがある時、本当の理由を思い知らされることになりました。それは、私の友人と偶然であった時のことです。その友人が打ち明けてくれた。「オレの知り合いがオマエの会社に応募し、面談したみたいだけど、ぜんぜん興味がわかなったと言ってたぞ」と。

私は、この友人の言葉に衝撃を受けたのです。「興味がまったく持てなかった?」「どういうこと?」数日考えてみました。そして気づきました。「俺は求職者に仕事内容と給与のことしか話していなかった」「一言も起業した思いや、将来の夢を語っていない」本当にバカな対応をしたと後悔したのです。もしかすると、志の高さまで図られてしまったのかと。

その後も正直言いますと、採用は苦戦し退職者も続きました。同時に2人辞めた時もありました。その2人には面と向かって言われました。「この会社には夢がない、未来がない!」と。ショックを通り超え、自己喪失感100%に。

私には個人的な夢がありましたが、社員と共有できる夢がなかった。このことを心底知った時、心の内に決意をしました。“皆で持てる夢をつくろう”。そして、求人採用の際には、その夢を“大いに語ろう”と。やはり、トップはしっかり志を示し、楽しく夢を語り、共感してもらえること。これこそが起業し会社のトップとなった以上、採用面接時に心得ておくべきと痛感した次第です。

二つ目:名刺が語る“社長不在の腰抜け起業”

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起業の時、“ちょっとしたこと”がありました。いや、“ちょっとしたことではないか?”、“けっこうなこと”がありました。それは、有限会社から株式会社にしたこと。もう1つは私の名刺の肩書のことです。

私は起業時、はじめは有限会社を設立する予定でした。ところが途中、変更して株式会社にしました。それは、出資をお願いしたある社長から、「どうして有限会社にするの?せっかく法人を立ち上げるなら株式会社にした方がいいのでは」と言われたことがきっかけでした。

当時、有限会社は資本金300万円から設立可能。株式会社は1000万円以上となっていましたので、私の資金力ではとうてい無理、有限会社しかつくれないと勝手に思っていた。

ところが、その方から「株式会社の方が将来、大きく成長できる。取引先だって変わってくるよ」「最初から株式会社で始めた方が、経営者として腹の据わり方が違ってくるぞ」といった言葉をもらったのです。慌てて株式会社設立のため、出資者を増やす努力をしました。おそらく、私の中途半端な覚悟に危惧したのでしょう。そこを察し性根を据えてくれたのです。

次に名刺のことですが、私は株式会社を設立した際、はじめに作成した名刺には“代表”とだけ表記していました。“代表取締役”ではなかった。「なぜ、代表とだけ表記したのか?」

理由は単純です。社員は一人もいない、実績は一つもない、その上、20代の若僧で社会も分かっていなければ、商取引のイロハも分かっていない。まして、経営の何たるかは一切わかっていない。と思って、情けないかな”代表取締役”を名乗ることができなかったのです。

つまり、経営者として自信がなかったのです。この名刺の表記、“代表”は謙虚というものではなく、単に気概の無さ、志の弱さを物語っていたのです。もっと言えば“社長がいるのに名乗らない”ということであり“腰抜け起業”極まりないことを意味している。

こんな社長が社員など採用できるわけがないでしょう。我ながら当時を振り返ると赤面ものです。

三つ目:もっともらしく“頑張ったらなんぼでも払ったる!”

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起業してからの5年間ぐらいは、採用条件の中身がすごく気になっていました。世間相場という言葉がありますが、同業者と比較した時、当社はどのくらい劣るのか?いつも調べていました。

できることなら大盤振る舞いをしたいのですが、そこまで会社は利益を確保できていない。3か月先の売上すら読めない経営状況でしたから、どうしても見劣りする条件しか提示できませんでした。

そのようなひ弱な経営体質だったことから、営業の採用では固定給と歩合給の合わせ技で何とか人材を確保しようとしていました。それは、「稼いでくれたら払ってやる」もっと言えば、「稼がなければ払わない」といったせこい考えからでした。

本来なら「これだけの給与を固定で出す。この給与にはこれだけの稼ぎを前提にしている。そして、会社が責任を以てその必要とする稼ぎが達成できるよう教育も支援もします」と歩合なしで考えるべきなのでしょう。でも、起業当時はそう考えることができなかったのです。

「固定給とは会社が先にリスクをとる姿勢、歩合給とは社員にリスクを先にとらせる姿勢」これが今の私の基本的な考え方です。(これは私の持論ですが、この世の中にある歩合制には、その働き方、また業種によって、もっと積極的な肯定意見があることは承知しています)

四つ目:少数精鋭がダメと言われたワケとは?

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起業してからちょうど一年がたった頃、経営者が集まる勉強会で「私の起業の体験談」を発表する機会をいただいたことがありました。その発表会で私は「これからの経営は少数精鋭でいきたい」「生産性を重視し、利益率の高いビジネス展開をしていく」などと、わかったようなことを語っていました。

その後のパーティで、ある経営者が私のところにきて「つのださんは、少数精鋭がよいというが何人ぐらいの会社を目指しているの?」私は即座に、「多くて5人。本当は3人にあとはパートさん1人が丁度よいと思っています」と返答しました。

その経営者は優しく諭すようにこう語ってくれました。「つのだ君、君のその考えは間違いではない。でも、せっかく起業し、しかも、経営者として歩みたいと思っているのなら、人はできるだけ多く採った方がよい」「人を多く採ればとるほど、経営者の器は否応なしに大きくなる」と。

最初は意味が分かりませんでした。「経営者として人を多く採用する」というのは、親から言われていた「身の丈の経営に徹しなさい」とは真逆。正直、戸惑いました。

素直に理解すると「多くの人材を採用することで、リーダーとしての度量、器量が大きくなる」ということなのでしょう。今思うと、アドバイスをくれたこの経営者は、私のちっぽけな経営マインドをいとも簡単に突いてきたわけです。

少数精鋭とは正しい意図で発言しているのであればよいのですが、ややもすれば「少ない社員数で、一人当たりに多くの負荷をかけ、利益を最大化する」ための詭弁となっていたり、経営者側の都合を押し付けるための「正当化された大義名分」となっていたりします。このような隠れた意図も潜んでいるように思う。昔の経済学でよく使っていた“搾取”のような概念に近いものですね。

もっと現実的かつ客観的な捉え方をしますと、「もし、10人の社員を雇用している場合、平均家族が3.5人であれば、35人を養っていることになる」(拡大解釈ですが)経営者は、それだけ「社会的な責任を背負っている」と言える。このことから「雇用の数は経営者の果たしている社会的な価値の大きさ」とも言えるのです。

個人事業主を否定するつもりは一切ありませんが、「社会保険に加入している正規社員を多く雇用している社長は、それだけ社会貢献をしていて立派である」とも言えわけですね。さらに、「雇用した社員の給与から所得税が払われていることも大きな社会貢献である」と評価してもよいでしょう。

その証拠に、全国の起業支援の公的機関は、多くの起業家を育ています。その結果、会社を設立させ、一人でも多くの雇用を創出してもらい、雇用した社員から所得税を納めてもらう。同時に、会社にはちゃんと利益を出し法人税を納めてもらう。そのために行政側は支援をしているわけです。私もその機関のアドバイザーをしたことがあります。

この支援の大前提は、日本の全産業が繁栄するも衰退するも、まずは開業率が廃業率を上回っていることにつきるのです。

まとめ


・一つ目:あとから思い知らされた衝撃の理由とは?
 ➡採用では起業の志、会社の夢、そして、未来像を大いに語ること
・二つ目:名刺が語る“社長不在の腰抜け起業”
 ➡逃げも隠れもしない、全てを背負っている。その覚悟を“代表取締役”として意思表示せよ
・三つ目:もっともらしく“頑張ったらなんぼでも払ったる!”
 ➡リスクは経営者が先にとれ、中途半端な打算では人は定着しない
・四つ目:少数精鋭がダメと言われたワケとは?
 ➡企業トップの社会貢献、つまり雇用創出と納税といった役割をもっと自覚せよ

最後に、ここまでお読み頂き感謝申し上げます。私の失態を少々さらけ出しましたが、皆様の今後の起業活動において参考になれば幸いです。      

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