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ツキノエッセイ

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なにげない日常だったり、ふらりと立ち寄った過去や、ふと思い出した記憶を拾い集めて、言葉の花束にしてみたい。 切り取ったシーンをそのままに ノンフィクションを始めてみる。 人生…
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#記憶

エッセイ|なのはな心療内科

エッセイ|なのはな心療内科

菜の花。
暖かな春に咲く鮮やかな黄色の可愛い花。
その名前に引き寄せられるように選んだ病院だった。

久しぶりに外へ出る決意をした日。
春はもうとっくに過ぎていて、夏も超えて、秋も十分に深まった頃だった。
ようやく自分が少し壊れてしまっていることを自覚し、病院に行くことを決めた。

_ 当時、私は自宅から歩いて数分の歯科医院で働いていた。男性歯科医一人と衛生士の先輩と私だけの小さな医院だった。

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昭和ガラスの向こう側

昭和ガラスの向こう側

椛だったか、桜だったか。
何か模様の入ったガラスの引き戸だった。
その昭和レトロガラスと呼ばれるガラスは、今はとても貴重なものらしい。

私にとって、トラウマのようなそのガラスの存在は、いつまでも記憶の一番奥の引き出しに眠っている。

両親が離婚して、母と弟と3人で暮らしていた頃。六畳二間の狭い借家にそれはあった。

ある暑い夏の日。
朝早くに目が覚めて、いつも隣に寝ているはずの母がいないことに気

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わたしの中の小さなわたし

わたしの中の小さなわたし

目覚めたばかりの太陽が
小さなベランダの植物たちに
あたたかな光を届けてくれる

ゆれる葉っぱたちの甘い匂いに誘われて
わたしの呼吸はどんどん深くなっていく

こんな優しい朝があったなんて

あの頃、まだ小さかったわたしは
ずっと夜を待っている子だった
朝なんて来なければいいのにと
毎晩祈りながら眠っていた

長い間、孤独の住人だったわたしは
闇の中にしか居場所を見つけられず
人と関わることに強い

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曇りガラスの記憶

曇りガラスの記憶

今日はふと、
父のことを考えていた。

長年、自動車業会で働いていた父。
三年前に定年退職し、
今は再婚した奥さんの実家の神戸で
タクシー運転手をしている。

言葉数は少なく、
いつも穏やかで優しい人。
怒られたことは一度もないし、
怒っているところを見たこともない。
とは言っても、
父とは生まれてから9年しか
一緒に暮らしていないから、
もっと長く一緒にいられたら…
もしかしたら、
怒られること

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