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曇りガラスの記憶

今日はふと、
父のことを考えていた。

長年、自動車業会で働いていた父。
三年前に定年退職し、
今は再婚した奥さんの実家の神戸で
タクシー運転手をしている。

言葉数は少なく、
いつも穏やかで優しい人。
怒られたことは一度もないし、
怒っているところを見たこともない。
とは言っても、
父とは生まれてから9年しか
一緒に暮らしていないから、
もっと長く一緒にいられたら…
もしかしたら、
怒られることもあったのかもしれないけど。
だから思い出といっても少なく、
記憶も曖昧な部分が多い。

でも、
その薄れゆく記憶の中にとても色濃く
わたしの胸の奥に残り続けている場面がある。


その消え入りそうな記憶のひとひらを
綴っておこうと思う。




わたしが9歳の時に両親は離婚している。
だから父と過ごした時間は少ない。

大人になって
いつでも自由に会えるようにはなったけど、
実際そんなには会っていない。



会わなくてもいいような気がしている。



なぜだかわからないけど
父との朧げな記憶たちは、
どれもふわふわとしていて
夢みたいな、妄想みたいな、、
不思議な感覚の記憶ばかりだった。






六畳二間の狭い家には、
まだ幸せだった4人家族と
白黒の猫が一匹住んでいた。


季節はたぶん冬


外の寒さのせいで
家の窓ガラスは白く曇っていた。

わたしはその曇った窓に
指で絵を書いて遊んでいた。
横には、父が立っていて
決して綺麗とは言えない文字たちが
窓ガラスいっぱいに並んでいた。


静かに鼻歌を歌いながら、
白く曇ったガラスに
指を滑らせている父の横顔を
わたしはじっと見つめていた。

なんだかすごく切なくて
今にも消えてしまいそうだった。



後から気づいたことだけど、
父が書いていたのは、歌の歌詞だった。

おそらく、寺尾聰の「ルビーの指環」
父の世代的にもドンピシャだ。


わたしはいまだに
あの時の父の横顔と
並んだ文字たちの熱量が忘れられない。


結露の上を滑るように動くその指先は、
とても優しくて柔らかな匂いがしていた。



早くに結婚した父と母。
わたしが産まれたのは父が20歳の時だった。


父はどんな人生を望んでいたのだろうか。
どんな葛藤を抱えていたのだろうか。




ほんの一瞬を切り取っただけの記憶
そんな記憶のカケラが
今も深くわたしの胸に刻まれている。




父とわたしは誕生日が一日違い。
月星座は、
父が魚座で、わたしが蟹座

同じ水の星座だ。


ロマンチストでエモーショナルな性格は、
完全に父から譲り受けている。



元気にしているだろうか。


久しぶりの電話は、
ちょっぴり恥ずかしいから
メールでもしてみようかな。


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