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「戦時の嘘」に描かれた戦争プロパガンダ⑩~ドイツの「死体工場」

前回はこちら。

 大戦中に広まった最も荒唐無稽な嘘の一つが、ドイツの「死体工場」の噂だろう。「ドイツ人は、戦場で死んだ兵士の死体を工場で加工している」というものだ。


兵士の死体を加工する工場?

 1917年4月16日の「タイムズ」にはこうある。

「アメリカの領事の一人が、1917年2月にドイツを発つ際、スイスで『ドイツ人は死体からグリセリンを蒸留している』と述べた」

「ここ(死体工場)で得られる志望は潤滑油になり、他のあらゆるものは骨の粉砕機で砕かれ、豚の餌に混ぜられたり、肥料になったりする。――何も無駄にすることは許されない」


 翌日の「タイムズ」紙にはさらに詳細な説明があった。裸にされ、束ねられたドイツ兵の死体が鉄道で到着し、大釜で煮られ、ステアリン酸と蒸留された油が製造されるという。

嘘が広まったきっかけとは

 このような噂ができた発端は、誤訳(意図的かもしれないが)の可能性がある。ドイツ語の「kadaver」は死体という意味だが、「動物の死骸」という意味であり、人間の死体を指すときには使わない。

 でっち上げの話であることは言うまでもないのだが、「死体工場」の話は英国内のみならず、諸外国(特に中国、インドなど東洋)に対する効果的なプロパガンダとして活用された。

英国政府の不作為

 1917年4月30日の下院でのやりとりは、流布する嘘についての英国政府の姿勢がよく表れている。

 ディロン議員の質問:「「フランクフルト新聞」や他のドイツの主要紙において公表された記述において、『kadaver』という単語が使われているが、ここから判断すれば、これらの工場は、戦場にあった馬や他の動物の死体を煮溶かしていたことは全く明白である。流布してしまったこの話が、事実なのか完全な嘘なのかについての確かな情報を得るために、何らかの手段を講じるか否かを問いたい」
 ロバート・セシル卿の回答:「ドイツで何が起きているかの問い合わせを行うことは、政府の義務を越えているし、不可能である。貴殿がこの提案をしたのは実に不合理であり、(中略)ドイツ政府の声明に重要性を見出すことは、私にはできないと白状しておく」

 すなわち、政府高官は「死体工場」の話が嘘だと承知しつつも、誤った話が広まるのを積極的に止める努力はしなかったのである。敵に対する卑劣な中傷が広まった場合、それを進んで否定するのを控えた方が政府にとって好都合である。ポンソンビーは、この手の「政府の敢えての不作為」にも厳しい目を向けている。(Ponsonby1928)

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