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宿の記録/ 出会った土地/雑記

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  • 心に土地が重なる宿

    旅を終えふっと落ち着いた時、 ぼんやり心に残り続けた宿について。

  • 紀行譚

    土地で出会った物語。

  • 雑記

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固定された記事

“森と水の間” 紀行譚 支笏湖

夜が明けるには、しばらく時間があった。 到着の余韻がまだ残っていたからだろうか、 客室が今の自身の居場所でないように感じ、 私は暗い支笏湖を一人散策していた。 氷…

とろぶ
4か月前
8

“旅が触れ合う距離” 宿 Raon Hoi An

自らを自らとして認識し受け入れるには、異なる考えや環境が不可欠であるように思う。 私たちが日本人であることを自覚するには、異なる国の人々との交流は不可欠であり、…

とろぶ
1か月前
6

“f分の1でゆらぐ” 宿 LOG

小川のせせらぎや、星のまたたきに対して私たちは無条件に心を開かれ、美しさを感じる。それらの動きは半分予測できて、半分予測できないという性質があり、脳はこの刺激を…

とろぶ
1か月前
5

“ひとり遊びの少女” 紀行譚 ホイアン

ベトナムのホイアン旧市街の南を流れるトゥボン川の夜は、灯籠流しをする手漕ぎ舟のクルーズで賑わい、両岸には飲食店と、屋台が立ち並ぶ。水面には赤や緑や黄色の灯籠の光…

とろぶ
2か月前
3

“風景を眺めているつもりが、自分を眺めている” 宿 Heima

風景を眺める私たちは、目の前の景色に身と心を預けている間、何を感じているのだろう。 頭の中をからっぽにして、ただぼーっと過ごす時間。その時間には、どんな意味があ…

とろぶ
2か月前
11

空港ユートピア現象

生まれたばかりの赤ちゃんは、自分で母乳を飲めず、ひとりで歩くことはできない。これは人間だけの特徴らしく、それゆえに母親は赤ちゃんに四六時中そばにいる必要がある。…

とろぶ
5か月前
5

“静かで陽気な港町” 宿 house hold

それまで私は日本海の印象を聞かれると 「隠な感じ」と答えていた。 マイナスに印象付けようとしているのではなく、削られた岩肌と荒波、湿って重たい空気が沈んでいる日…

とろぶ
5か月前
4

“思い出すのは不便だったこと” 宿 yamakaoru

仕事には人柄がでるものだと最近つくづく思う。その人が普段からなにを大切にしていて、なにを見て、どう動いているのか、それが結果的に表れるものが仕事ではないだろうか…

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7か月前
9

サルスベリ

サルスベリを覚えたのは6歳の頃であった。 当時、さるかに合戦や、桃太郎の世界で、サルのズル賢い一面や愛らしい一面を知ったばかりの私にとって、サルが滑ってしまうほ…

とろぶ
8か月前
4

過去は新しく、未来は懐かしい

気を抜くとついつい過去に囚われてしまう。 「あの時、少し勇気を出していれば」 「あの時、自分が冷静であったなら」 満たされない「現在」を「過去」のせいにしてしまう…

とろぶ
8か月前
4

“光る瀬戸内に留まる” 宿 観海楼

(※ 観海楼に宿泊機能はありません。私的な視点から広義の意味として宿と紹介しています。) 「宿す」という言葉を辞書で引いてみると上のような意味が掲げられており、…

とろぶ
9か月前
5

“湘南の向こう側” 宿 aiaoi

古い家具や雑貨を触れる時に、少しの心構えをしていつも以上にそっと触れることがある。 ずっと年上で、遥かな時間を過ごしたそのものに、一瞬関わるだけの自分。刻まれた…

とろぶ
10か月前
4

“異化する浅草生活” 宿 toe library

浅草駅から歩くこと10分、隅田川のほど近く。クリーム色に光る看板が見えたのは、23時近い夜更けであった。 toe library は本と雑貨に包まれた時間を過ごす宿。オーナーの…

とろぶ
10か月前
3

“媒介者であること” 宿 une hotel & diner

丹波篠山の中心地は城下町の文脈を今でも色濃く受け継いでおり、武家屋敷や商家だったものが街並みを構成している。山陰地方と京都を結ぶ要所であったため所々に旧京文化が…

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10か月前
2

“出口の無い物語へ溶ける” 宿 神倉書斎

紀伊半島の南端に位置する和歌山県新宮市は日本神話の伝説が生き通っている街であり、イザナミやカグツチが祀られる花の窟神社は日本書紀の記載によると日本一歴史の古い神…

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10か月前
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“無い場所にただ在ること” 宿 ume yamazoe

奈良市の中心部から車を走らせ、調べた道がほんとに合ってるか不安になった頃に姿を表すume yamazoe 。丘を登った先にあるこのホテルは、山添村の元村長の邸宅に手が加えら…

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10か月前
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“森と水の間” 紀行譚 支笏湖

“森と水の間” 紀行譚 支笏湖

夜が明けるには、しばらく時間があった。
到着の余韻がまだ残っていたからだろうか、
客室が今の自身の居場所でないように感じ、
私は暗い支笏湖を一人散策していた。

氷点下に届きそうな空気は張り詰めていて、北極星を見上げている自身の視界に、白い息が過ぎる。風は吹かず、音も聞こえない、目の前の湖はすべてを吸い込んでいるようで、永遠のような時間の中、温もりとは無縁な闇だけがその場に在った。

支笏湖は、洞

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“旅が触れ合う距離” 宿 Raon Hoi An

“旅が触れ合う距離” 宿 Raon Hoi An

自らを自らとして認識し受け入れるには、異なる考えや環境が不可欠であるように思う。

私たちが日本人であることを自覚するには、異なる国の人々との交流は不可欠であり、ヒトであることを自覚するには他の動物の生態を知る必要がある。しかし、相対するものの影響力があまりに強いと、それに目を見張らせるばかりで、自身のことは見えなくなるのかもしれない。

ホイアンは南シナ海に流れ出るトゥポン川の三角州に形成された

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“f分の1でゆらぐ” 宿 LOG

“f分の1でゆらぐ” 宿 LOG

小川のせせらぎや、星のまたたきに対して私たちは無条件に心を開かれ、美しさを感じる。それらの動きは半分予測できて、半分予測できないという性質があり、脳はこの刺激を受けとると、心地よい、美しいと感じるようだ。このような自然界に見られる不安定なゆらぎは「f分の1のゆらぎ」と呼ばれる。

広島県の尾道は「坂のまち」と呼ばれており、かつて海運の主要港とされた尾道水道から、山肌沿いに向け坂道が幾つも伸びている

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“ひとり遊びの少女” 紀行譚 ホイアン

“ひとり遊びの少女” 紀行譚 ホイアン

ベトナムのホイアン旧市街の南を流れるトゥボン川の夜は、灯籠流しをする手漕ぎ舟のクルーズで賑わい、両岸には飲食店と、屋台が立ち並ぶ。水面には赤や緑や黄色の灯籠の光が浮かんでおり、歩行者天国となる道の頭上には、ひげのように垂れた街路樹の枝に絡ませ吊られたランタンが輝いている。

観光客は欧州系が多く、彼らは屋台に並ぶ食材を物珍しそうに眺め、歩いては立ち止まる。19世紀にフランス領の時代があったからだろ

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“風景を眺めているつもりが、自分を眺めている” 宿 Heima

“風景を眺めているつもりが、自分を眺めている” 宿 Heima

風景を眺める私たちは、目の前の景色に身と心を預けている間、何を感じているのだろう。
頭の中をからっぽにして、ただぼーっと過ごす時間。その時間には、どんな意味があるのだろう。

Heimaは岡山県倉敷市の海沿いに立地する。

岡山駅から車で30kmほどの道のりを一時間弱。高低差のある山道を越え、瀬戸内特有の背の低い堤防が続く海沿いの道をしばらく走らせると、数棟の建物が小高い山の斜面に点在する集落が見

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空港ユートピア現象

空港ユートピア現象

生まれたばかりの赤ちゃんは、自分で母乳を飲めず、ひとりで歩くことはできない。これは人間だけの特徴らしく、それゆえに母親は赤ちゃんに四六時中そばにいる必要がある。出生後、短い期間の中で目紛しく成長する赤ちゃんは、やがてハイハイを始め、自身の意思で自身の行動範囲を徐々に広げる。

飛行機での移動は身体領域を遥かに超えたものであり、ほんの数時間、雲の上でじっと待っていると、まるで遠い惑星に降り立ったかの

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“静かで陽気な港町” 宿 house hold

“静かで陽気な港町” 宿 house hold

それまで私は日本海の印象を聞かれると
「隠な感じ」と答えていた。

マイナスに印象付けようとしているのではなく、削られた岩肌と荒波、湿って重たい空気が沈んでいる日本海の厳かな印象を「隠」として感じていたからだ。

けれども、今回訪れた富山県氷見市の富山湾はそれと対照的な空気が漂っていた。凪いだ海に響くカモメとウミネコとトンビの声。それに混じる漁船のエンジン音。きらきら煌めく水面の光。砂浜ではしゃぐ

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“思い出すのは不便だったこと” 宿 yamakaoru

“思い出すのは不便だったこと” 宿 yamakaoru

仕事には人柄がでるものだと最近つくづく思う。その人が普段からなにを大切にしていて、なにを見て、どう動いているのか、それが結果的に表れるものが仕事ではないだろうか。

大分県の片隅の山香町。この町に暮らす3人家族の人柄、家族柄が大きな一棟の建物から香る宿こそがyamakaoruである。

大分県国東半島の真ん中に位置する山香町。青々とした田んぼの広がる山香町には、不思議なことに、創作的な活動をする方

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サルスベリ

サルスベリ

サルスベリを覚えたのは6歳の頃であった。

当時、さるかに合戦や、桃太郎の世界で、サルのズル賢い一面や愛らしい一面を知ったばかりの私にとって、サルが滑ってしまうほどにツルツルとした幹だから、と由来をもつサルスベリの語感は直感的に頭に残った。

小学校の校庭に生えているそのツルツルとした幹を見つけては、得意げにサルスベリの由来を友達に教え撫でていたものだ。そして撫でるにつれ、他の木では感じられない愛

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過去は新しく、未来は懐かしい

過去は新しく、未来は懐かしい

気を抜くとついつい過去に囚われてしまう。
「あの時、少し勇気を出していれば」
「あの時、自分が冷静であったなら」

満たされない「現在」を「過去」のせいにしてしまうのは自分の悪い癖だとわかっていながらも、いざその時になると、「過去」の後悔で頭がいっぱいになってしまう。

時系列を辿ると、過去→現在→未来の順で事実が確定していくため、過去を事柄を現在まで引きずってしまうのは無理もないことだろう。

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“光る瀬戸内に留まる” 宿 観海楼

“光る瀬戸内に留まる” 宿 観海楼

(※ 観海楼に宿泊機能はありません。私的な視点から広義の意味として宿と紹介しています。)

「宿す」という言葉を辞書で引いてみると上のような意味が掲げられており、図書館の自習室で思わず、なるほどと呟いてしまった。

ホテルや旅館、ゲストハウスなどの宿泊施設が、旅の休息場所として宿をかすことを「宿す」といい、精霊や怨念が物に住みつくことを「宿る」といい、女性が妊娠をすることを「子を宿す」というが、言

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“湘南の向こう側” 宿 aiaoi

“湘南の向こう側” 宿 aiaoi

古い家具や雑貨を触れる時に、少しの心構えをしていつも以上にそっと触れることがある。

ずっと年上で、遥かな時間を過ごしたそのものに、一瞬関わるだけの自分。刻まれた時間の跡を見て、敬意に似た気持ちでも湧いてるのだろうか。それは繊細な関係性であるが、ある種の心地良さを感じる。aiaoi はその雰囲気を宿全体に纏っていた。

梅雨入りをして2週間近く。江ノ電長谷駅を降りると、小雨が降っていた。
あじさい

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“異化する浅草生活” 宿 toe library

“異化する浅草生活” 宿 toe library

浅草駅から歩くこと10分、隅田川のほど近く。クリーム色に光る看板が見えたのは、23時近い夜更けであった。

toe library は本と雑貨に包まれた時間を過ごす宿。オーナーの西尾さんにより買い集められたヴィンテージ品と、人柄の感じられる選書が、カウンターや客室のあちこちに身を置いている。チェックイン時間から大幅に遅れてしまったことに、西尾さんは嫌色を示さず、手厚く迎え入れていただいた。

5階

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“媒介者であること” 宿 une hotel & diner

“媒介者であること” 宿 une hotel & diner

丹波篠山の中心地は城下町の文脈を今でも色濃く受け継いでおり、武家屋敷や商家だったものが街並みを構成している。山陰地方と京都を結ぶ要所であったため所々に旧京文化が垣間見え、流通に乗った特産品は黒豆や丹波焼をはじめ全国的な評価を受けることとなった。

une hotel & diner は中心街の入り口にあたる交差点の一角に位置し、木材問屋だった木造二階建ての建物を改装した棟貸しの宿である。外観はピス

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“出口の無い物語へ溶ける” 宿 神倉書斎

“出口の無い物語へ溶ける” 宿 神倉書斎

紀伊半島の南端に位置する和歌山県新宮市は日本神話の伝説が生き通っている街であり、イザナミやカグツチが祀られる花の窟神社は日本書紀の記載によると日本一歴史の古い神社とされている。

その東側に広がる七里御浜は22km続く日本一規模の大きな砂礫海岸であり、敷き詰められた石たちは太平洋の大波に削られ、角が取れまるまるとした趣だ。

神倉書斎は新宮市の中心街近くに位置し、民家を改装した二階建ての一棟貸し宿

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“無い場所にただ在ること” 宿 ume yamazoe

“無い場所にただ在ること” 宿 ume yamazoe

奈良市の中心部から車を走らせ、調べた道がほんとに合ってるか不安になった頃に姿を表すume yamazoe 。丘を登った先にあるこのホテルは、山添村の元村長の邸宅に手が加えられたもので、フロントと客室からは裾に広がる村を見渡すことができる。

フロント兼キッチンバーのある本棟のほか、客室となる分棟が三つあり、屋外には界隈で話題のフィンランド式サウナがひっそりと佇んでいる。ロウリュに使われる水には、裏

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