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“風景を眺めているつもりが、自分を眺めている” 宿 Heima
風景を眺める私たちは、目の前の景色に身と心を預けている間、何を感じているのだろう。
頭の中をからっぽにして、ただぼーっと過ごす時間。その時間には、どんな意味があるのだろう。
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Heimaは岡山県倉敷市の海沿いに立地する。
岡山駅から車で30kmほどの道のりを一時間弱。高低差のある山道を越え、瀬戸内特有の背の低い堤防が続く海沿いの道をしばらく走らせると、数棟の建物が小高い山の斜面に点在する集落が見える。地図の指し示す住所は、坂道を登った先にあり、大きく左に曲がるその坂の先に、黒漆喰の建物が見えた。看板のようなものは見当たらない。
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半信半疑、身をかがめながら建物に近づくと、一人の男性が戸を開けたので尋ねる。
「ここが、Heimaですか?」
男性はまっすぐ私を見つめながら答えた。
「はい、ここがHeimaです。」
たどり着いたという安心感が感じられるこの瞬間が私は好きだ。外と隔てられいればいるほど、その内側で過ごせることに安心し、その場で過ごす一晩に向けて心は整う。とはいえ一度高鳴った鼓動は簡単には収まらずに、興奮とともに建物へ踏み込んだ。
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靴からスリッパに履き替えてほどなく、正面に座していた空間は白の廊下。ほのかな暖色の光に照らされたその白は、言葉に表せない崇高な表情をしている。単なる美しさではなく、どこか神秘性を秘めており、まるで時間が止まっているよう。その場では服の擦れる音と、息づかいだけが聞こえた。畏怖に近い感情を湧かせながら、確かめるように歩みを進める。
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30メートルほど歩いただろうか、白の廊下を突き当たり、年季が入った木目の扉をゆっくりとあけると、それまで仄暗かった廊下へ向けて光が差し込んだ。目の前の部屋の大きな窓に、瀬戸内海のパノラマが広がっていたのだ。つい数分前まで運転席から流し見をしていた景色であるが、瀬戸大橋を中心に据えた風景画のように見える。その日は曇り空で、遠くに見える四国の島々はぼんやり浮いていた。
「曇りの瀬戸内はいいんです。特にこの寒い時期の朝は海に霧がたつことがあって、それがどこか幻想じみているというか。」
私たちを迎え入れてくださった男性は、1月にプレオープンを迎えたこのHeimaと、ほど近くの丘に構えるカフェbelkのオーナーである北村さんであった。
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部屋はダイニングルームと、ベッドルーム、リビングルーム、バスルームの大きく4つのユニットに分かれている。どの部屋も海に向いた壁の一面に大きな窓があり、瀬戸内の風景を大胆に切り取っている。それらはどれも同じ景色ではあるが、部屋での過ごし方に合わせてそれぞれ香りや音楽が異なっているため、風景の印象も変化する。
この建物が「belk離れ」という名前のギャラリースペースであった頃、当時事務作業をしていた北村さんは、海が望めるこの場所で、意図せず手が止まり、目の前の風景に見入ってしまっていたことがあったという。Heimaでの滞在は、その時に北村さんが思いを馳せた時間の追体験なのだろうか。個人的な経験がきっかけとなっている宿ほど、宿主の人柄や感性は表れる。
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朝、露天風呂に浸かり、明るくなる空を眺めながら時間が過ぎるのを待っていた。
目の前の雑木林では、スズメとムクドリとハクセキレイが甲高い鳴き声を交わしては枝を揺らし、弾ける炭酸水みたくきらめく海で、貨物船と小さな漁船は静かに行き交う。
服を纏わずに、薄っぺらな皮膚を露わにしながら光と海風と音が体をなぞっていく。自分もひとつの動物なのだという実感とともに、着飾ることのない心の輪郭が見えた。
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対岸の島の重工業の工場に伸びる煙突から、白い煙がもくもくと吹き出ている。貨物船の影は徐々に多くなり、絶え間なく行き来するその姿は動物の群れのように見える。
どこかの工場で作られ運ばれた服を着て、
どこかの農場で育てられた野菜を食べている。
一人暮らしをしていると、一人で生きているようについつい思い込んでしまうけれど、
自分も人間という群れの一匹なのだ。
目の前の風景を眺めていて、気がつくといつの間にか自分の人生の風景を眺めている。風景の中に自分がいることを感じられ、自分というものを感受する。風景の中には気づかなかった自分が映っていた。
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