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生き抜くための勉強

1、困難は避けられない


なぜ勉強しなければならないか。

その理由が将来のためであるのはハッキリしていますよね。


勉強は、仕事のため、社会性を身につけるために必要なのは一般的な理由ですが、もっと根本的なことを言うならばこの先の人生で訪れるであろう様々な困難と障壁を乗り越えるために勉強が必要だとも言えます。


親が子供に勉強させたいと思うのは「将来苦労せずに済むだろう」「自立に必要だろう」と考えるからであって、できることなら高学歴の方が良いと思うのも子供の将来を思ってのことです。

ところが今は価値観が多様化し、学歴だけでマウントを取るのが難しい社会状況になりつつあります。


今問題になっているのは、高学歴でも何のスキルも持っていないために、逆に苦労してしまうケースが出てきていることです。

結局のところ、この先の時代は、学歴があろうとなかろうと社会の変化が激しい分、どんどん新しいことを学び続けなければならない状況になっているのです。


  2、学校の勉強はオワコン



高校受験に必要な基礎知識は1年でマスターできます。学校の授業のように3年間もダラダラと勉強する必要がありません。大学受験も同じで高校の勉強も1年半もあれば基礎力は付きます。

こういった学校のダラダラ感を見ている限り、受験勉強については基本的に「学校はいらない」という結論を私は出しています。

勉強以外で学校の存在意義を考えるなら「子供の居場所」「子供を預ける保育園的役割」「友達づくりの場」「サークル活動、部活動の場」だと思っています。

それに、これからの時代、先生のやることは子供のサポートに焦点を当てるべきで、

1、心理学・セルフコーチング

2、目標の立て方とその実践 (モチベーションの保ち方)

3、AIに関する学習


・・・を主とし、受験勉強の内容は詳しく教える必要はありません。(部分的に学術的な勉強を教える必要がありますが)


現在、受験勉強の内容に関しては、ネット上にほぼ全て出揃っています。

ですから、受験に関しては必要な情報を引き出すための検索方法を子供に教えてあげればいいのです。

全員が1つの教室に集まり一斉に先生の話に耳を傾けるという授業スタイルでは、あまりにも効率が悪すぎます。


そして、よく考えれば、当たり前のことなのですが、一人一人の個性や理解力が異なるので、学ぶべき課題も当然一人一人異なってくるわけで、個別指導を授業の基本とすべきなのです。この点において学校の授業は大雑把で粗雑です。

私が「オワコン」と言うのは以上の理由からなのです。


  3、受験制度は有効活用するもの


本来の学びは、学力を競うものではありません。


ですが、現行の受験制度がテストの得点を競うものですから、それが学びだと思っている人は多いのではないでしょうか。それも9割の内容が暗記を占めますから、暗記することが学びだと勘違いしています。

今の受験勉強はトランプゲームの「神経衰弱」のようにクイズの答え合わせをやっているのと大差ないのです。


ですが、受験勉強が学びの本質に迫るようなものになっていないとしても利点はあります。受験を通して、ある程度の社会的な地位が確保できることを考えると、暗記の攻略方法を身につけて受験制度を有効活用することにコミットしても悪くはありません。


もしも受験が上手くいかなかったとしても、それは暗記が得意ではなかったというだけですから、そこからまた新たな学びを見つければいいだけの話です。


それに受験は、子供の人間性に関わることでもありません。単に暗記に強いかどうかの問題であって、暗記の制度をうまく利用できればいいという問題に過ぎません。


今の受験制度が存続していても良いですが、学びの本質からは離れているものなので、多少の失敗は気にしなくてもいいのでしょう。


  4、学びの本質とは


前述したように、高学歴であったとしても、子供たちの将来は必ずしも安泰とは言えません。

これから先の人生、自分の思うように物事が進まないこともあるでしょう、先行きを見通せずに不安になることもあるでしょう。


生活が不安定で将来に希望を見出せなかったり、人間関係に悩んで気持ちが塞ぐこともあるはずです。


子供たちが本当に学ばなけれいけないことは、このようなネガティブな状況の中で自ら課題を見つけ問題を解決していくこと。


人生は喜びよりも困難に直面する方が圧倒的に多いからです。


どうすれば今の問題を解決できるのだろうか?

どうすればもっと便利になるのだろうか?

どうすれば人の役に立つことができるだろうか?


学びの本質にあるものは、困難の中から課題を見つけて解決していくことです。


クラスで1番の成績を取りたいとか、人よりも1点でも多く得点したいといった思いをやる気を出すための「きっかけ」にするのは良いとしても、それはいささか利己的な考えなので、果たしてそれで諸々の困難に立ち向かうための知性が得られるかは微妙なところです。

子供たちは未来に何が起きるのか、今はまだ予測できないかもしれませんが、如何なる困難にも立ち向かうことができる知識を身につけることを目標に学びを深めて欲しいです。


それが学びの本質に迫るということです。


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