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「当直医と救命士が知るべきリスク:アドレナリン誤投与事故より」

2024年9月1日の次のニュースは当直する多くの医師や救急救命士に関係する話です。もしかしたら有罪になるかもしれないし、免許剥奪なんてことも起こりうる事案です。

千葉市消防局の救急車で搬送中の当時10代女性にアドレナリン剤を誤投与した事故で、市は8月30日、女性側と賠償金約6310万円で和解に合意したと発表した。支払い済みの医療費の一部を除いた約5791万円を補正予算案に盛り込む。

 事故は2021年10月、救急隊が女性のアナフィラキシー症状を緩和するために、投与すべきだったものとは異なるアドレナリン剤を投与したことで、女性が心肺停止に陥り、高次脳機能障害が残った。市によると、今後、症状の改善が見込めないとして女性側と示談交渉し、今年8月2日に合意したという。

市の第三者委員会は22年3月に、救急救命士の知識不足や指令センター常駐の医師が状況をよく理解していなかったことなどを原因とする報告書をまとめた。

私が目にしたこのニュースは、救急医療の現場に従事していた者として、深く胸に刺さるものでした。この痛ましい事件は、賠償金6410万円で和解に至ったものの、私たちに多くの課題を投げかけています。特に、この事件が発生した2022年は、私自身が救急救命士として活動していた頃でもあり、非常に印象深いものでした。

プロトコールと現場のリアル

日本の救急医療は、非常に厳密なプロトコールに基づいて運営されています。救急救命士たちは、これらのプロトコールを暗記し、それに従って行動することで、現場でのミスを最小限に抑えることが求められます。私自身、救急救命士として活動していた際、このプロトコールを徹底的に覚え、それを実行してきました。今回の事件は、現場での判断力や柔軟性がいかに重要かを再認識させるものでした。

アナフィラキシーに対しては、アドレナリンの静脈注射が禁忌であることは基本中の基本です。アドレナリンは筋肉注射(通常は自己注射可能なエピペン)で投与されるべきであり、これが存在しない場合でも、静脈注射は避けるべきです。しかし、この事件では、救急隊が心停止患者用のアドレナリンを静脈注射してしまい、患者に深刻な後遺症をもたらしました。このようなミスが発生した背景には、プロトコールの理解や知識不足だけでなく、現場での判断力の欠如があったことが明らかです。

なぜ基本が守られなかったのか?

この事故の根本的な原因は何だったのでしょうか?まず、救急救命士のアドレナリン投与に関する知識の不足が挙げられます。救急救命士は心停止に対するアドレナリン投与のプロトコールには精通していたものの、アナフィラキシーショックに対する適切な対応ができなかった可能性があります。アドレナリンの静脈注射が禁忌であることを知らなかった、もしくはそのリスクを十分に理解していなかったことが、悲劇を招いた要因の一つです。

さらに、救急隊に対する医師の指示要求が不十分だったことも問題です。実情では基本的には救急救命士は指示要求を行い、医師から指示をもらうので救命士主導で処置を行うが、システム上は医師の指示のもとに行動することが求められるので、救急隊からの現場状況報告の確認が必須で、さらに医師の指示が不明確であったり、誤解を招くものであった場合、現場での判断が誤りに繋がります。今回のケースでは、医師が救急救命士と双方のコミュニケーションが成り立たず、その結果、医師が適切な指示を出さなかったため、誤った処置が行われてしまいました。

私も電話を受けるとしたら救命士がそんなことするはずないって思っちゃうし普段からある指示要請と勘違いしてしまいそうになるので、この件が確認が必須という教訓になると思います。

医師と救急救命士の連携不足

この事故は、医師と救急救命士の間の連携がいかに重要かを改めて浮き彫りにしました。救急救命士は現場での処置を担当しますが、その処置が適切かどうかは、システム上で医師の指示やアドバイスに大きく依存します。日本の救急医療システムでは、救急医以外の医師が救急救命士の役割やプロトコールを十分に理解していないことが多く、その結果、ことあるごとに誤解が生じることもあります。

一方で、世界の他の国々では、救急救命士が医師の指示を待たずに独自の判断で処置を行うシステムが構築されている場合もあります。例えば、アメリカやイギリスでは、救急救命士に対して高度な訓練が行われており、医師の指示がなくても適切な処置を行う能力が養われています。また、イギリスでは救急医療に関するプロトコールが非常に明確に定められており、医療従事者全員がその内容を熟知しています。

自衛策としての訓練と教育

今回の事件を踏まえ、医師と救急救命士がリスクを回避するためには、いかにして自衛すべきかを考える必要があります。まず、医師は救急救命士に対して、明確かつ具体的な指示を出すため現場の状況を具体的に確認することが求められます。また、救急救命士は、現場の状況を細かく伝え、明確な指示要求を行い、指示が不明確であると感じた場合、再確認を求めるべきです。どちらかが曖昧なコミュニケーションを行うことで、誤った処置が行われるリスクが高まるため、互いに確認し合う姿勢が不可欠です。

また、医師と救急救命士の両者が、プロトコールに関する知識を共有し、緊急時においても迅速かつ適切に対応できるような教育体制を整えることも重要です。日本の医療システムにおいては、救急医以外の医師が救急救命士の役割やプロトコールを十分に理解していないことが多いため、これを改善するための教育が必要です。特に、救急医療の現場で働く医師には、救急救命士がどのような状況でどのような処置を行うかについての知識を深めるための研修が不可欠です。

世界の救急医療と日本の課題

日本の救急医療は、技術的には高いレベルにありますが、医師と救急救命士の間の連携が不十分である点が課題です。これに対して、世界の多くの国々では、救急医療における医師と救急救命士の役割分担が明確にされており、プロトコールに基づいた緊密な連携が行われています。

例えば、アメリカでは救急救命士が非常に高度な訓練を受けており、現場での判断力が強化されています。イギリスでも同様に、救急医療プロトコールが詳細に定められ、医師と救急救命士が一体となって行動することが求められています。これらの国々では、救急救命士が独自の判断で処置を行うことが認められており、医師がその判断をサポートする形で連携が行われています。

まとめ:救急医療の未来に向けて

今回の事件は、救急医療におけるプロトコールの遵守がいかに重要であるかを改めて痛感させるものでした。プロトコールは、医療の現場で安全かつ効果的に患者を治療するための指針です。プロトコールを守ることは、医療従事者が共通の基盤のもとで適切な処置を行うために不可欠です。

また、プロトコールの遵守だけでなく、医師と救急救命士の連携がいかに重要かも強調する必要があります。救急医療の現場では、プロトコールに基づく適切な処置が求められますが、そのためには医師と救急救命士が共通の理解を持ち、緊密に協力することが欠かせません。今後、日本の救急医療システムがより安全で効果的なものとなるためには、プロトコールの遵守と医師と救急救命士の連携強化が必要です。

救急医療の未来を見据えると、教育と訓練の重要性がさらに増してきます。救急救命士は、常に最新の医療知識を学び続け、臨機応変な対応ができる力を養う必要があります。そして、医師は救急救命士に対して救急隊からの状況確認を怠らず把握し、的確な指示を出し、更新されるプロトコールを確認し共に最善の医療を提供するための努力を求められるでしょう。

この事件を機に、日本の救急医療システムがより強固で信頼性のあるものへと進化することを期待しています。救急医療の現場で働くすべての人々が、患者の命を守るために最大限の力を発揮できる環境を整えることが、私たちに求められているのです。

参考文献

  1. 日本救急医学会. (2022). 「救急救命士の特定行為に関するプロトコール」. https://www.jaam.jp/protocol

  2. 厚生労働省. (2021). 「救急救命士の活動とその役割について」. https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000068496.html

  3. 日本医療安全調査機構. (2020). 「注射剤によるアナフィラキシーに係る死亡事例の分析」. https://www.medsafe.or.jp/anaphylaxis/report

  4. National Association of Emergency Medical Technicians (NAEMT). (2018). “Prehospital Trauma Life Support (PHTLS)”. Jones & Bartlett Learning.

  5. World Health Organization (WHO). (2016). “Prehospital Emergency Medical Systems”. https://www.who.int/publications/emergency-medical-systems

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