マガジンのカバー画像

短編集

13
短編小説・ショートショート。
運営しているクリエイター

記事一覧

ある山岳地帯での話|短編小説|5,272字

ある山岳地帯での話|短編小説|5,272字

 立山黒部アルペンルート。

 富山と長野を結ぶ、その山岳観光ルートは世界有数であり、外国人を含めて多くの観光客が訪れる。自然を満喫できる春から秋にかけてはもちろんのこと、自然がその姿を完全に隠す、冬の時期においても、バスの高さを超える雪の壁を眺めることができ、その圧倒的な景観は絶え間なく観光客を呼び寄せていた。

 それは草木が眠りにつく準備を始めた、秋の頃だった。1年の中でもっとも多くの観光客

もっとみる
パワースポット|短編小説|5,424字

パワースポット|短編小説|5,424字



A「どうやらあなたは勘違いされているようだ」
B「何がです?」
A「パワースポットと言われますが、そのパワーとやらはどこから生まれているのです?」
B「それは……その土地柄や御神体などから神聖なエネルギーが……」
A「違いますよ、そうじゃない」
B「では、どういうことだと言われるんです?」
A「吸い取られているのですよ。そのパワースポットから離れた土地から人々の運気などのエネルギーを。それが

もっとみる
天国旅行|短編|5,962字

天国旅行|短編|5,962字

以前に連載で投稿していたものを1記事にまとめた作品です。

天国への旅 その日、木村は天国にたどり着いた。

 といっても、木村は死んだわけではない。観光で天国へやってきたのだった。



 限定的ではありつつも民間人の宇宙旅行が始まり、世界中を旅し尽くした旅行者が次に訪れるのは宇宙になるだろうと誰もが考えていた。それが月なのか火星なのか、はたまた地球の衛星軌道を1周するだけなのかはともかく、宇

もっとみる
露出にいたる病|短編小説|5,679字

露出にいたる病|短編小説|5,679字

性的あるいは暴力的な描写は一切ありません。
また本作品はフィクションであり実在の人物とは関係ありません。

先客 それは雲ひとつない満月の夜のことだった。

 工藤春美は、その月と街灯が照らす明るい夜道を歩いていた。

 足には青いジーンズ、上半身にはTシャツの上にゆったりとした厚手の黒カーディガンを羽織り、美容院で整えたばかりのセミロングの茶髪を揺らしていた。まだ10月の初旬であるにもかかわらず

もっとみる
いいね禁止|ショートショート|1,485字

いいね禁止|ショートショート|1,485字

 21世紀も後半に差し掛かるという頃、科学者たちは人間の脳活動や意識・感情といったものを科学的に解明し始めていた。

 これはAIの研究を推し進めようというところから始まったもので、人間の思考や判断といったものを科学的に解明することで、その研究結果を元にして”本物のAI”を作ろうとする世界的な流れだった。



 そんな中、一部の研究グループからとある研究論文が発表された。

『SNSの”いいね

もっとみる
天国旅行|短編小説【全5話】

天国旅行|短編小説【全5話】

 その日、木村は天国にたどり着いた。

 といっても、木村は死んだわけではない。観光で天国へやってきたのだった。



 限定的ではありつつも民間人の宇宙旅行が始まり、世界中を旅し尽くした旅行者が次に訪れるのは宇宙になるだろうと誰もが考えていた。それが月なのか火星なのか、はたまた地球の衛星軌道を1周するだけなのかはともかく、宇宙旅行の時代がやってくると思われていた。

 そんな矢先、なんと天国に

もっとみる
アリスとボブ(幽霊編)|ショートショート|2,357字

アリスとボブ(幽霊編)|ショートショート|2,357字

以下の続編です。



「ボブ、このニュースを見たかい?」

 スマホを見ながらアリスが話しかけてきた。

「いや、このニュースってどのニュースだよ」

 ボブはアリスのスマホを覗きこんだ。

「なになに、幽霊による殺人が問題化?」
「そうなんだ」
「そうなんだ。と言われても……なにこれフェイクニュース?」
「いや、実際に起きてる問題だよ。ミステリで言えば『特殊設定』ってやつさ」



 特殊

もっとみる
アリスとボブ|ショートショート|1,531字

アリスとボブ|ショートショート|1,531字

「ボブ、このニュースを見たかい」

 スマホを見ながらアリスが話しかけてきた。

「いや、このニュースってどのニュースだよ」

 ボブはアリスのスマホを覗きこんだ。

「なになに、叙述トリックが詐欺として訴訟?」
「そうなんだ」
「そうなんだ。と言われても……なにこれフェイクニュース?」
「いや、どうやら実際に起こったことらしいんだ」



 叙述トリックとは、主にミステリ小説で使われる技法の1

もっとみる
故郷の味|1,053字

故郷の味|1,053字

 彼の元にその郵便物が届いたのは、彼が大きな仕事を片付けて長期休暇に入った初日の朝方のことだった。

 自宅に備えてある宅配ボックスを開けると、そこには彼の故郷の名とイラストが印刷されたダンボールが入っており、それは彼が故郷に収めた『ふるさと納税』のお礼の品に違いなかった。

「あぁ、もうそんな時期だったか……」

 そうつぶやいてから箱を開けてみると、そこには真空パックされた状態の『のっぺ汁』が

もっとみる
健康第一|4,090字

健康第一|4,090字

 それが人体に対して有害であるという研究結果が発表されたのは、それが発明されてから200年以上も経過した22世紀初頭のことであった。

 その昔、人類は遠く離れた相手とコミュニケーションをする手段を持ち合わせていなかった。

 それを可能にする技術が最初に発明がされたのは19世紀後半のことで、複数の研究者がその特許をものにするために研究を進めていたが、最終的に特許を取得して歴史に名を残すことになっ

もっとみる
炎上保険|1,827字

炎上保険|1,827字

 "炎上"

 字面から分かるように本来の意味は"火が燃え上がること"であったが、インターネットおよびSNSが普及した21世紀初頭には『記事やコメントに対して多くの批判や誹謗中傷の書き込みが殺到すること』を指すようになっていた。

 炎上は多くの場合、思慮や社会性に欠けるうかつな記事・コメントあるいは行動が原因ではあったが、世界中の人々が閲覧するという状況下において、常に適切な発言・行動を保ち続け

もっとみる
パワハラ裁判|ショートショート|585字

パワハラ裁判|ショートショート|585字

 その裁判は21xx年にA国にて行われた。

 裁判官は眠そうにあくびをしながら裁判を始めた。

「それでは原告は訴訟内容について述べて下さい」

 原告である小太りの主婦と思われる女性は話し始めた。

「毎日のようにパワハラを受けて困っているのです! このままでは頭がおかしくなってしまいそうです!」

「それはその……被告からパワハラ被害を受けていると、いう意味で合っていますか?」

「当たり前

もっとみる
ザナドゥ|ショートショート|2,484字

ザナドゥ|ショートショート|2,484字

「またやられたか……」

 一族の長はそうつぶやいた。

 一族の中でも若い少年であるヨシムは、その悲惨な現場を目の当たりにして、怒りや悲しさよりもむしろ圧倒的な虚無感に包まれて呆然と立ち尽くしていた。



 その日は朝から一族で狩りに出かけていた。

 幼いヨシムにとって「狩り」は好きなものではなかった。生きていくためには仕方のないこととはいえ、他の生物を傷つけて命を奪うという行為は、まるで

もっとみる