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パワースポット|短編小説|5,424字

本作は、私が最初に書きあげた小説作品です。

お遊び的に書いた作品だったので公開しないつもりでしたが、記念碑的な意味で公開してみることにしました。

最低限の校正はしていますが、そんな位置づけの作品となりますので、ご了承いただける方のみ暇つぶし感覚でお読み頂ければと思います。

A「どうやらあなたは勘違いされているようだ」
B「何がです?」
A「パワースポットと言われますが、そのパワー・・・とやらはどこから生まれているのです?」
B「それは……その土地柄や御神体などから神聖なエネルギーが……」
A「違いますよ、そうじゃない」
B「では、どういうことだと言われるんです?」
A「吸い取られているのですよ。そのパワースポットから離れた土地から人々の運気などのエネルギーを。それがパワースポットから還元される為、そこを訪れた人の運気が上がる……そういうわけです」
B「え、ではパワースポットというのは……」
A「そうです。いわば一種のエネルギー変換装置・・・・・・・・・に過ぎないわけです。そして、すべてのエネルギー変換装置がそうであるようにエネルギーの変換にはコスト……つまり損失が伴います。すなわち、全体で見ると運気などのエネルギーの総量は減っているわけです。その事実を知らずに、人々はパワースポットというものをありがたがって利用している……それが真実です」

 Bは唐突な話に面食らいながら、ここに至るまでの経緯を思い出していた。

<ことの始まり>

 その男、Aからメールで連絡を受けたのはちょうど一週間前のことだった。

 それは特別な依頼をしたいという内容であるにも関わらず、仕事用ではなく私用のメールアカウントに届いていた。

 最初、Bはメールを無視しようと考えた。この手のメールは相手にしないというのが一番安全だというのがよく理解している。しかし、メール本文に含まれていた一文に興味を惹かれることになった。

『報酬はお支払いできませんが、あなたの正義感を見込んで依頼したいのです。』

 これから人に頼み事をしようというのに、わざわざ無報酬だと告げてくる人間もそうそう居ないだろう。それに”正義感”という言葉を使うのは、Bの性格をよく知った人間であるか、そうでなくても不正を正したいという意図が感じられた。

 そして一週間後の今日、Bはメールで指定されたバーに足を運び、メールの相手であるAの話を聞くことになった。最初に挨拶を済ませた後、軽い世間話を続けていたつもりがいつの間にか『パワースポット』の話になり、Aはいきなり荒唐無稽なことを打ち明け始めた、というのが冒頭の会話である。

<Aの依頼>

B「にわかには信じられませんが……」
A「緑のドレスを着た女性は早く死ぬ」
B「え?」
A「その昔、フランスの市民の間で流行った都市伝説です。しかし、実際には都市伝説などではなく、当時使用されていた『パリグリーン』という緑の染料にはヒ素が含まれており、それによりヒ素中毒になっていたというのが真相です。しかし、それが科学的に解明されるまでには実に100年近くの時間が必要でした……私が何を言いたいのかはわかりますね?」
B「その時代の科学技術を超えるものについて、人々は無知であるということですか?」

 Aは軽くうなずき先を続けた。

A「軍や政府の科学技術は民間のものに比べて30年近くは進んでいるのですよ。そして、人々の運気を操るような技術を開発できたとして、それが一般的に公開されると思いますか?」

 Bはまだ半信半疑であったが、どうやら目の前の男は妄想にとりつかれた哀れな人間というわけではなさそうだ。そして、この話題をここまで掘り下げてくるということは、どうやら依頼したい内容はこれに関係することらしいと察し始めた。

B(パワースポットか……)

 Bは現在世界が置かれた状況について考えを巡らせ始めていた。

 今から10年ほど前になる。ある国において致死性および感染力が非常に高いウィルスが発見された。そのウィルスはまたたく間に世界中に広がり、人類は未曾有の惨劇に包まれることになった。ここ10年間で対策は進んだものの未だに収束には至っておらず、人々はウィルスの恐怖に怯えながら暮らしているのが実情だ。

 そんな中、N国において注目を集めたのがパワースポットであった。科学的な根拠は皆無であるもののなぜか効果がある・・・・・・・・というパワースポットについて、ウィルスに対して効果があるという噂が囁かれるようになったのだ。

 ウィルスにより打撃的な影響を受けてきた観光業界は、ここぞとばかりにパワースポットについて喧伝した。

 それが功を奏したのか、あるいは人々の口コミによるものかは分からないが、どちらにせよパワースポットは圧倒的な注目を浴び、人々は温泉における湯治のような感覚でパワースポットを訪れるようになった。もちろん、そんな非科学的なものは信じないという人間もたくさんいたが。

 これだけ科学技術が進んだ時代においても、J国は宗教とほぼ無縁の国であるにも関わらず、神仏などの信仰が続いていた。大安・吉日などは未だに意識している人の方が圧倒的に多いし、神社などに参拝して願掛けするという習慣も廃れることは無かった。そういった実情を踏まえると、いかに非科学的と言えどパワースポットに多くの人々がすがるというのはある意味当然の流れだったかもしれない。

 B自身はこうした非科学的なものを信じていなかった。

 しかし、今回のパワースポットをめぐる世間の動きについては気に掛かっていたのも事実だった。単なるデマであれば一時的に盛り上がりはするものの、いずれは人々も嘘だと気づいてブームが終焉するだろうと考えていたが、このブームは一時的な流行というレベルを明らかに超えて続いた。

『パワースポットにはウィルスに対して効果がある』

 これは多くのメディアで取り上げられたキャッチコピーである。Bはこの言葉を聞いて呆れを通り越し、世の中にはどれだけ馬鹿な人間が多いのだと嘆いたものだ。しかし、もしこれが真実だったとしたら……先ほど目の前の男が言った、緑のドレスを着た女性は早く死ぬというのが都市伝説ではなく真実を言い当てていたように。

A「察しの良いあなたに多くの言葉は不要でしょう」

 Bは男の言葉で、現実の世界に戻された。

A「さて、あなたが次に聞きたいのは、なぜ私がこんな話をあなたにしたかということですね」

 Bは黙ってうなずいた。そう、ここで仕組みや原理、誰がどのような思惑で行っているのかを聞いてもそれは確かめようがないことだ。

A「あなたにこのシステムを破壊してもらいたいと思っています」
B「なんですって?」
A「あなたが腕利きのクラッカーであることは知っています。かつてA国において歴史的なサイバー犯罪を起こしたことも」

 唐突に言い当てられた形になるが、Bはこれまでの流れでそういう話であろうことは想像がついていた。

B「誰かと間違えているのでしょう」
A「それならそれで話の続きを聞いて下さい。私は人々の運気を吸い取ってそれを別の場所で還元するという、このいびつなシステムの存在が許せないのです。このシステムの存在を知らない人々は、知らず知らずのうちに運気を勝手に吸い取られている、そんな理不尽なことが許されると思いますか?」

 Bは表情を変えないまま思考を巡らせた。あまりに現代科学から離れた話題であるがゆえ現実感に乏しかったが、もしこの話が本当なのであればそれは許されてよい行為ではない。少なくともBの正義においては。

A「私はあなたがサイバー犯罪者であると同時に、強い正義感に基づいて法に背いた行為をおこなうクラッカー、昔の言葉で言うなら“義賊“であることを知っています。正義とはいつだって身勝手なものではありますが、私は今まであなたが行ってきた“正義“に同意しています。だから、私の話をどう受け取るかについては“あなたの正義“に任せます」

 Aはそう言うとカバンから記録メディアを取り出しデスクに置いた。

A「あなたならその扱い方はわかりますね。今までの私の話が真実かどうかもそれで確認できるはずです」

 Aはそのまま静かに席を立ち、その場を後にした。

 その夜、自宅に戻ったBは、Aが置いていったメディアに記録されたリモートコンピュータにアクセスした。

 最初はいわゆる“罠”の可能性を疑い、完全に隔離されたードウェア上で検証を行ったが、そうした罠が仕掛けられてはいた様子は無かった。もちろん実際にメディアを利用する際も、細心の注意を怠りはしなかったが。

 メディアには2つのリモートコンピュータへの接続情報が記録されていた。うち1つにアクセスすると、そのコンピュータには研究内容と思われる多数のドキュメントが記録されていた。そして、それはAの話した内容が事実であると信ずるに値するのに十分な内容が書かれていた。

B「まさか、信じられない……」

 Bは思わず一人でつぶやいていた。Aの話した内容について一定の信憑性はあると感じていた一方で、こんなオーバーテクノロジーな技術が存在するはずが無いと否定する気持ちも強かったのだが、これだけの証拠を見せられては事実として受け止めるほかなさそうだ。

 メディアに記録されたもう1つのコンピュータにアクセスすると、こちらはより頑強なセキュリティになっているのか、何段階もの認証を突破する必要があるようであった。

B「なるほど、そういうことか」

 Bはこちらこそが、Aが破壊したいと考えているシステムを制御しているコンピュータであると想像がついた。そしてここまでやった時点で、Bの“正義“は決まっていた。

<Bの正義>

 数週間後、私はようやくセキュリティを破ってシステムを破壊することに成功した。

 おそらくこの事実が明るみにでることは無いだろう。どのような組織がどのような目的で行っていたにせよ、これはとても公にできない事実だ。

 そして、人々はこれからも見えない力を信じて、これまでどおり利用し続けるであろう。その効果が一夜にしてなくなったにせよ、一度信じられたものはかんたんには覆されないに違いない。それは『パワースポット』という言葉が生み出す呪いなのかもしれなかった。

 いずれにせよ、私の“正義“は終わったのだ。

<Aの脱獄>

 数週間後、私は呪縛から開放された。

 私は久しぶりの感覚に懐かしさを覚えながら、タバコを吸いつつ今回の出来事について考えを巡らせた。そう、Bに語った話はほとんど真実だ……意図的に話さなかったことはあるが。

 しかし、Bには感謝しなくてはなるまい。彼は私の罰をすべて消し去ってくれたのだから。

<真実>

 Aは具体的にどこからエネルギーが吸い取られているのか語らなかったが、その答えは犯罪者から・・・・・であった。

 ここ10年のウィルス騒ぎにおいて、最初に逼迫したのは予想どおり医療関係だった。

 しかし、年月が経つに連れて治安が圧倒的に悪くなり、平和な国として有名であったN国においても犯罪率が圧倒的に増加した。刑務所の収容人数はとっくに限界を迎え、犯罪者が街に野放しにされてしまう事態を生み出していた。

 そんな中で開発・採用されたのが今回のシステムであり、その目的は『犯罪者の悪意あるエネルギーを吸収し、新たな犯罪行為を起こさせないようにする』ことだった。

 荒唐無稽に見えたアイディアも、実証実験で効果が得られることが分かってくると一気に現実味を帯びてきた。実際に犯罪者が野放しになっているという状況も、倫理観という壁を破るのには十分だった。

 そして、水面下で稼働し始めたこのシステムは十分な効果を発揮することになった。犯罪者は釈放されても再び犯罪を起こすことはなく治安は徐々に回復していった。

 しかし、システムは完璧なものではなかった。表上は『悪意あるエネルギーのみを吸収する』ことになっていたが、実際にはそれ以外の多くのエネルギーも吸い取るため、対象者は長期的に無気力な状態、いわゆる鬱状態になることが実証実験の段階から明らかになっていた。しかし、適用する対象が犯罪者であったこともあり、これは刑罰の一環として暗黙的に許容されることになった。

 その後、収集したエネルギーを有効活用することが検討され始め、そのスポットライトにあたったのが『パワースポット』であった。収集したエネルギーの変換先が限定的であることや公にできないこと、そして観光業の衰退が国家的な課題になっていたことなどのいくつかの条件が重なった結果、無駄にするくらいであればとパワースポットへ適用されることが決定された。

 実際のところパワースポットから流れる『プラスに変換されたエネルギー』は微々たるもので、当然ウィルスに対して効果などがあるはずがなかったのだが、この施策は結果的に成功を収めたといえる。限定的ではあるものの、観光業は以前の活気を少しずつ取り戻しつつあった。

 それはシステムが破壊されてしまった現在でも変わらない。一度、信じてしまった人間は効果がなくなっても信じ続けるものだ。実際、世の中はパワースポット祭りという状況で、J国の至るところから新たなパワースポットが見つかり続けるという事態だ。もちろん、そんなものに政府は一切干渉していないのだが。

<信実>

ある政府の要人はつぶやいた。

「これからも人の信じる力・・・・を有効活用していかねばな」

それから数十年が経った2021年現在、世界はまたしても新しいウィルスとの闘いを余儀なくされているが、N国における『パワースポット』は引き続き多くの人に信仰され続けている。

―了ー

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