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アリスとボブ|ショートショート|1,531字

「ボブ、このニュースを見たかい」

 スマホを見ながらアリスが話しかけてきた。

「いや、このニュースってどのニュースだよ」

 ボブはアリスのスマホを覗きこんだ。

「なになに、叙述トリックが詐欺として訴訟?」
「そうなんだ」
「そうなんだ。と言われても……なにこれフェイクニュース?」
「いや、どうやら実際に起こったことらしいんだ」

 叙述トリックとは、主にミステリ小説で使われる技法の1つだ。

 例えば、『ボブの腹部にはナイフが刺さっていた』なんて文章がミステリ小説で出てきたら誰でも殺人事件が起こったものだと思いこむけれど、ボブが人間であるなんて書かれてないから飼い犬だっていいし、腹部にナイフが刺せる構造のロボットだって通じるわけだ。

 こうやって人間の想像力を逆手に取って、真実を文章の中に巧みに隠して、いわば”読者を騙す”テクニックのことを『叙述トリック』と呼ぶ。

「いやでも、叙述トリックは騙されるから面白いんだろ?」
「でも読者を騙していることには違いない」
「しかし、読者はそれを望んで買うわけだろ」
「買う前に叙述トリックだと分かる作品は稀だよ」

 なるほど、そう言われると一時的にしろ読者を騙しているには違いないような気がしてくるから不思議だ。

「しかし、この訴訟が認められたらマズイんじゃないか?」
「そうだね」

 そう、アリスはミステリ作家なのだ。しかも業界では『叙述トリックのアリス』なんて呼ばれるくらい、叙述トリックを使用した作品が多い。

「これを読んでる人たちの世界がうらやましいよ」
「ん、いきなり何を言い出すんだ?」
「いやだから、この物語を読んでる人たちの世界ではそんな訴訟は起こってないんだろうなって話さ」
「え、メタなの?」

 メタとは、主にミステリ小説で使われる技法の1つだ。

 例えば、『私はアリスを殺した』なんて文章がミステリ小説に出てきたら誰でも作中の主観視点の登場人物が殺人を犯したものだと思いこむけれど、”私”が作中の登場人物なんて書かれてないから、その著者が犯人でその自白を書き込んでいても通じるわけだ。

 このように、より上位の存在の視点を持ち出したりするのがメタで、それがミステリで使われると『メタミステリ』というわけだ。

「しかし、僕らが小説の世界に居るとは驚いたな。これ小説のネタにならないか?」
「ならない」
「え、これってかなり意外性があると思うんだけど」
「それは過去の話さ」

 そう、メタミステリにしろ叙述トリックにしろ、通常のトリックにしろ、基本的にそのアイディアは一度しか使えない。そのため世にミステリ小説が増えるにつれて、どんどんアイディアは減っていく。

 もし、考えうるトリックが有限であるならばいつかはアイディアがぶつかり、それが故意にせよ偶然にせよ”パクリ”呼ばわりされる。

「面倒な時代になったものさ」
「でも君の才能があれば今後も新しい作品が書けるだろ?」
「それなんだが・・・」

 アリスは今日はじめて、言葉をつまらせた。

「ミステリ作家”アリス”は引退しようと思うんだ」
「なんだって?」
「というか引退した」

 ボブは突然の告白に戸惑いながら、アリスの言葉の続きを待った。

「だってもう死んでるんだから」
「なんだって?」
「死んでるんだよ。今朝、君を殺して僕も自殺したのさ。僕らは幽霊なんだよ」

ボブは何も言えずに黙っていると、アリスはこう言った。

「だからアリス名義での著書はもう出せない。これからはゴーストライターになるんだからさ」


<エピローグ>

 その後、アリスはゴーストライターの初仕事として1冊の本を書き終えた。

 本のタイトルについて著者と出版社で揉めたらしいが、最終的に以下のタイトルで出版されたらしい。

『アリスとボブ』


続編


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