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アリスとボブ(幽霊編)|ショートショート|2,357字

以下の続編です。

「ボブ、このニュースを見たかい?」

 スマホを見ながらアリスが話しかけてきた。

「いや、このニュースってどのニュースだよ」

 ボブはアリスのスマホを覗きこんだ。

「なになに、幽霊による殺人が問題化?」
「そうなんだ」
「そうなんだ。と言われても……なにこれフェイクニュース?」
「いや、実際に起きてる問題だよ。ミステリで言えば『特殊設定』ってやつさ」

 特殊設定とは、主にミステリ小説で使われる技法の1つだ。

 例えば、『死んでからも幽霊として活動できる』といった設定を考えてみる。幽霊として枕元に立って犯人の名前を告げることができるとしたら、犯人はそのことを前提にして慎重に殺人計画を実行しなければならない。こうした現実世界ではありえないようなSF・ファンタジー要素をミステリに持ち込んだ作品を『特殊設定ミステリ』と呼ぶ。

「でも幽霊が殺人なんて出来ないだろ!?」
「そこは設定次第さ」
「それにここは現実の世界なんだし」
「僕らは幽霊じゃないか」

 そうなのだ。

 アリスは僕を殺してから自殺しており、その結果めでたく……では無いけれど僕らは幽霊になったのだ。アリスは『ゴーストライター』とやらを満喫しているらしいが、僕としては毎日が退屈で仕方ない。

「詳しくは前回の話を読んで欲しい」
「え、またメタなの!?」
「メタとは…」
「いや、それはもう前回やったから!」
「それもそうだね。続きものを途中から読むほうが悪い」

 なるほど確かにそのとおりだ。

 そう考えると先ほどの僕のゴーストライター云々のくだりは冗長だったかもしれない。

「それより幽霊がどうやって殺人をするんだい? というか殺す相手は幽霊? それとも現世の人?」
「それは設定次第さ」
「いやいや、ニュース記事に書いてあるんだろ!?」
「興味ないから読んでない」
「じゃあ、なんでその話を振ったんだよ!」
「君が退屈そうだったからさ」

 なるほど、アリスはアリスなりに殺した僕のことを気遣ってくれているらしい。

「わかったよ。それならミステリ作家"アリス"らしく何か謎掛けでも出してくれよ」
「ふむ。それならこんな日常系ミステリはどうだい?」

 そう言ってアリスは語り始めた。

「ある男がコンビニで千円札を出してタバコ1個しか……」
「いや、ストップ」
「なんだい?」
「それって探偵モノの某少年漫画の一コマじゃないか!」
「なんだ知ってたのか」
「知ってたのかじゃないよ。それに千円札でタバコ1つ買うことは謎でもなんでもない行動だよ!」

 そうなのだ。

 その少年漫画ではちびっこの名探偵が活躍するのだけれど、日常のなんでも無いようなことまで"妙だな"といって疑ってしまうわけだが、それがことごとくあたって事件解決につながっていく。まぁ、そうしないと事件が始まらないから仕方ないのだけれど。

 しかし、こういった現実感の欠ける話でも面白く読めてしまうというのは、漫画やアニメ・ゲームと言ったメディア特有かもしれない。そうした無茶な設定でも許容されるのは『そういう世界観』として読者に見られているわけで、大げさに見れば一種の特殊設定ミステリと言えなくもない気がする。"ライトミステリ"なんて呼ばれたりすることもあるらしい。良い意味で使われることもあれば、悪い意味で使われることもあるけれど。

「仕方ない。そうしたらこんな謎はどうだい?」

 そう言ってアリスは語り始めた。

「J国のある屋敷に主人と住み込みの家政婦の2人が住んでいた。2人は5年以上同じ土地で過ごしていたが、主人の意向でA国に移り住むことになり家政婦も一緒についていった。しかし、移り住んで数日経ってから主人は自殺してしまった。そして家政婦も殺されており状況証拠からは主人が犯人と思われたが、家政婦を殺害するような動機は見つからなかった。さて、主人はなぜ家政婦を殺したんだろう?」

 語り終えるとアリスは僕に目を向けた。

「なるほど、ホワイダニットってことか」

 ホワイダニットとは"Why done it?"、つまり『なぜ殺したか?』を解明することを主軸に置いたミステリ作品だ。ちなみにフーダニットは"Who done it?"で『誰が殺したか?』、ハウダニットは"How done it?"で『どのように殺したか?』というわけだ。

「ふむ、主人が家政婦を憎んでいたってのはナシってことだよな?」
「もちろん」
「うーん、A国に移り住んだことが関係してそうだけれど……」
「そうだね」
「A国で何かの病気に掛かって無理心中とか?」
「たったの数日でそれは無理があるさ。2人の健康状態はJ国にいた頃と変わらない」
「うーむ、家政婦が殺してくれと頼んだりとかは?」
「してない」
「主人が錯乱して殺したとか」
「それを言ったら何でもありじゃないか。倒錯系ならともかく」

 僕はその後もしばらく考えこんでいたが、結局それらしい解答は思いつかなかった。

「わからないよ。降参だ」

 それを聞いてアリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「やれやれ、これくらいは解いてくれると思ったんだけどね。正解は、主人が家政婦と一緒に天国に行きかったから。主人は以前から死ぬことを考えていて、その道連れとして家政婦を殺したんだ。これが動機さ」

 その答えを聞いて抗議を述べようとする僕を制してアリスは続けた。

「メイドの土産ってわけさ。幽霊になったときに仕えてくれる人がいないのは寂しかったのさ。語呂合わせをまで気にするなんていかにもJ国の人間らしいじゃないか」

 僕は内心でずるい問題じゃないかと思いながらも黙っていた。するとアリスはこう続けた。

「つまり、僕が君を殺したのと同じ理由ってことさ」

 やれやれと僕は思った。

 幽霊が幽霊を殺せるのかは知らないが、少なくともアリスを逆恨みして殺すことはしばらくなさそうだ。


―了―

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