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天国旅行|短編小説【全5話】

 その日、木村きむらは天国にたどり着いた。

 といっても、木村は死んだわけではない。観光で天国へやってきたのだった。

 限定的ではありつつも民間人の宇宙旅行が始まり、世界中を旅し尽くした旅行者が次に訪れるのは宇宙になるだろうと誰もが考えていた。それが月なのか火星なのか、はたまた地球の衛星軌道を1周するだけなのかはともかく、宇宙旅行の時代がやってくると思われていた。

 そんな矢先、なんと天国に行く方法が発明されてしまったのだ。

 生命が死後がどうなるかについては、人類において永遠の謎とされてきた。一般的には死後は意識がなくなった状態になると思われていたが、輪廻転生するという考え方や、善い行いを続けていれば天国、悪い行いを続けていれば地獄に行く、といった多くの説が唱えられていた。しかし、いずれにせよそれを確かめる術は永遠に訪れない、人々の間ではそう考えられていた。

 その常識を覆したのが、英国の研究者であるリチャード博士であった。博士は、人を臨死状態にした上で特定の周波数の電波を与えることで、一定の時間だけ天国に行けることを発見したのだ。

 学会に発表された当時は、批判されるどころの話ではなかった。それこそ世界中のほとんどすべての人間が、リチャード博士を嘘つき呼ばわり、あるいは頭がおかしい人間であると馬鹿にした。しかし、実証実験の結果が公開されていくにつれ、どうやらそれは嘘や冗談、ましてや博士の頭がおかしいわけではないことが理解されてきた。

 最初は、一種の催眠状態に陥って夢を見ているような不思議な体験をしているだけであろうと思われていたのだが、隔離された環境下において同時に行われた実証実験において、被験者同士で同じ体験を共有できていることが分かり、その信憑性はまたたく間に高まった。この分野は一躍注目されることになり、多くの研究者がここぞとばかりに研究の成果をしのぎあうことになった。

 その後、ついに民間人向けのサービスとして『天国への観光旅行』が開始された。


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