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いいね禁止|ショートショート|1,485字

 21世紀も後半に差し掛かるという頃、科学者たちは人間の脳活動や意識・感情といったものを科学的に解明し始めていた。

 これはAIの研究を推し進めようというところから始まったもので、人間の思考や判断といったものを科学的に解明することで、その研究結果を元にして”本物のAI”を作ろうとする世界的な流れだった。

 そんな中、一部の研究グループからとある研究論文が発表された。

『SNSの”いいね”は思考力や感情制御力を低下させる』

 この研究成果は皮肉なことにSNSを中心にあっという間に世界中に知れ渡ることになり、SNSを運営する企業はそれを全力で否定した。

 しかし、様々な研究者がその論文の妥当性を主張するようになると、各国の政府はこぞって対策を考え始めることになる。その論文に”犯罪率”や”うつ病”の増加についての指摘が含まれており、それが無視できないほど大きな数字だったからだ。

 J国の政府においてもそれは例外ではなく、国会での激しい議論の末に『いいね禁止法案』が可決された。

 それはSNSなどのサービスを運営する会社に対して、『”いいね”あるいはそれに類似する1ボタンでのリアクション機能を禁止する』というものであり、2年以内に対策をしなければJ国においてはWebサービスを運営できなくことを意味していた。

 大小様々なWebサービス会社が対策を悩んでいる中、やはりというべきか最初に対策を打ち出したのは大手SNS会社であった。

 その内容とは『ユーザの利用状況から学習したデータを元に、ユーザが選びそうなリプライの文言の候補が表示され、それを選択すると自動入力される』というものだった。

 これは誰の目から見ても”黒に近いグレー”な対策であったが、SNSを運営する営利企業としては背に腹は変えられないという状況だった。

 実際のところSNSを育てた最大の立役者は”いいね”であり、SNSをネットワークとして機能させ続けているのも”いいね”であって、それを失うのは会社として運営が立ち行かなくなる可能性さえ示唆していた。

 うまく法の穴を掻い潜りつつ、かつ利用者の減少を最小限に抑えられるであろうこの対策は社内でも評価が高いものであったが、実際に経営上の意思決定となるまでにはかなりの時間を要した。

 利用者に受け入れられるかどうかは当然の議題として、法案の改正によってまたも無効にならないか、リプライの自動生成によって新たなトラブルが起きないか、といった様々な角度からの検証が毎日のように行われ、社員たちは日に日にやつれていった。

 そして、長い時間の末にようやく会社としての意思決定として認められ、その大手SNSは自身の運営するサービスにおいて、『半年後からリプライの自動入力機能が有効になります。これからは自分の言葉で相手にリアクションを伝えましょう!』という周知の投稿を行った。

 その夜、社員たちは長らく続いていた社内の緊張状態からようやく開放されたこともあり、社内のあらゆる部署で打ち上げ的な飲み会が開催され、浴びるように酒を飲む社員が続出したそうだ。

「これからは宵越しの”いいね”なんか要らねぇ!」

 といった意味が分かりそうで分からないようなジョークも飛び交ったようだ。


 その翌日、例の投稿には大量の”いいね”がつけられていた。


■■■


「まぁ、Web小説としては及第点ってところかな……暇つぶしにはなったし」

 通勤電車内でスマホからその作品を読み終えた岡田おかだは、心の中でそうつぶやいた。

 岡田の親指がタップしたハート型のマークはいつものように鮮やかな赤色を放っていた。


―了―




あとがき

 最近、410字の超ショートショートばかり書いていたせいもあってか、普通の長さの文章力が鈍ってしまったので気分転換に書いてみました。

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