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25. ワールドエンド3
作業部屋の床に転がって、サーシャとモモはじっと動けないでいる。
恐怖で乱れた息は、徐々に整いつつあった。時々、サーシャがすすり泣く声がする。モモはそれを聞いて、なんとか取り乱さないで済んでいるが、身体の震えは止まらなかった。
凍って割れた電球が、目の前に散らばっている。どこか切ったかもしれないが、二人ともまだ痛みを感じる余力がなかった。明かりの消えた部屋で、元魔女見習いと幽霊は、漠然と時が過
24.ワールドエンド2
ただやり過ごすだけでは、テイムズ河の怪事から、サーシャの頭は離れられないようだった。
まだ夜も早いロンドンの地下鉄。都心へ向かっていた先ほどの車内とはうってかわって閑散とした車両の真ん中に、ぽつりと黙り込んで二人で座っている。
少女は背中を丸めてじっと自分のつま先を注視し、同伴する少年は隣をちらちら盗み見ては、壁に張られた広告を読むふりをしていた。
つい数十分前に、世界的に有名な運河で白鳥
23.ワールドエンド1
「探偵って、何故こんなに謎の解明に手間がかかるのかしら」
図書館で借りてきた本から顔を上げて、サーシャが口を尖らせた。きっとまた皆死んでしまうわ、と不平を言う仕草が、彼女を実年齢よりもぐっと幼く見せる。
クリスマス休暇に入ったこの専門学校生は、元は魔女の見習いという出身である。
肉親はなく、友人と呼べる同級生もなく、人間社会に疎いので、クリスマスをどう過ごすかがわからない。休みの課題を早々に
22.ある日の地下鉄駅
僕は幼い頃、駅でテロに巻き込まれたことがある。
それなりの大事件だったから、多分覚えている人もいるだろう。イギリス鉄道、空港へのエクスプレスもある駅で、ちょうど昼頃の出来事だったから、かなりの被害者が出たらしい。
僕は母とバース行きの電車に乗るところだった。
子どもと二人旅に慣れていない母は、予定よりも早めの行動を心掛けていたので、駅に付いたのは運行よりも一時間近く早かった。車体はすでに予
20.押し入れのトーティ
僕の部屋の押し入れの中には、人を殺して食った犬が住んでいる。
少なくとも、そういう噂をされている。
本当に食ったのか、実際にはわからない。食べられたとされる遺体は発見が遅かったため損傷が激しくて、肉をちょっと齧られていたくらいなら、わからない状態だった。事件発覚から三週間も過ぎた今となっては、例え犬を解剖しても、証拠は出まい。
犬は、名前をトーティという。
小さな黒いピンシャーなのに、「
17.七面鳥とわたし
空を覆う雲は薄いのに、妙に暗い日曜日の午後のことだった。
わたしは外出用のノートパソコンを食卓において、次の原稿の草案を眺めていた。たった数行しか書かれていないそれを、書き足すこともしないまま、ただ薄目を開けて見つめ続けて、もう二時間にはなろうとしている。
わたしの執筆は趣味なので、興が乗らないのであれば、別に無理をして書く必要はない。締め切りなど存在しないし、読者といえば世界に一人しかいな
14. ぶどうからコマドリ
ある冬の日の午後、お茶請けに出したぶどうの中に、呪いを見つけた。
スーパーで買ったパック果物だったので、少し驚いた。そういえば、昨日は急いでいて、あまり中身を確かめずにカゴにいれたのだった。こういうこともあるから、なんでもおざなりにしてはいけない。
他の房をつまんで見ても、呪いはそこにしかついていなかった。
小さな、未成熟の実である。固くて青い。誰も食べそうにないぶどうに呪いをかける意味が
11.七つのグリモアと呼ばれるもの
わたしには、現実ではない記憶がある。
住んでいた隠れ里に、たくさんのヒトがやってきて村人を虐殺する記憶だ。
わたしは小さくてやせっぽっちの、切り髪にもなっていない男の子だった。
この村では、病気などで死にやすい幼児は、まだこの世のものに成りきっていないという考えで、七歳になるまで髪の毛を伸ばさなければならない風習があった。正確には刀を使って身体の一部を切ってはいけなかった。爪なども、伸びて