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薄く張った霧の上 アドべントカレンダー2024

歩き方を間違えなければ、それは悪くない散歩道。

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おわりに

 こんにちは。  ここまでお付き合いくださって、ありがとうございます。たくさんの方に読んでいただけて、とてもうれしいです。  今年もいつも通りごちゃごちゃと、思いついたよくわからんことを、思いついた順に並べました。比較的短めになっておりましたので、そこは読みやすくてよかったかなあ、と思います。あと今年は25日分忘れちゃったんですよね。うっかりね。  インプットの少ない年でしたので、なんか見たことある内容ばかりなのは、ご愛敬ということで。クリスマス一切関係なかったよね、と

24.ユーチリカ

 それをする方は気軽に相手を苛め、飽きたらあっさり忘れ去ってしまうものなのだが、迫害された方はそうではない。残り生涯のふとしたはずみに、苦しみを思い出しては、時に相手を呪う。  普通であったら。 「わたしがあなたを焼き殺したのは、ちょうどこんな、曇りの日であったねえ」  向かいの席で紅茶を飲んでいたユーチリカが、どんより濁った空を見上げてしみじみと言う。  公園の中にあるカフェ、寒さで誰もいないテラス席、雨ざらしで表面がざらざらになっているプラスチックのテーブルセット。そこへ

23.気まぐれな意思を持つ素粒子が創造した世界

 その昔、ヒトは世界を、何か偉大な良きものが創造したものと考えていた。  多くの文化において仮定される高次元の生命体、いわゆる神と呼ばれるものが、それの信ずる善悪のために、生物を構築したと想像した。  宗教色の薄まった現代では、違う考え方も増えている。  素粒子の一種が持つ意思の「気まぐれ」が、運命を決定するのだとする説がある。  正直にいうと、その分野に明るくないわたしには、それを噛み砕くだけの知識がない。ひょっとしたら正しくないことを示すかもしれないし、読者にとっては言わ

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22.ランドマーク・オブ・ロンドン

 エベレストでは、遺体がルートの目印にされているという。  あまりに厳しい条件であるため、人も荷物も、亡くなった場所から移動させられないのだ。  果敢にも高山に挑んだ彼らを、そのまま放置しておくのはあまりにも忍びない。だがそのために他者を危険にさらし、更なる犠牲者を出すことを、死者も望まないであろう。他に選択肢がないのである。  遺体は低温のため、姿を保ったまま、何年もそこにあり続ける。  登山ルートは大きく変化しないので、次に続く者は彼らの屍を、文字通り越えていくしかない。

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26 本

おわりに

 23年アドベントカレンダー、お付き合い頂けまして、本当にありがとうございます。少しでも楽しんでもらえたのなら、こんなにうれしいことはありません。    初夏、よく知っている公園で、通り魔殺人事件がありました。白昼堂々の犯行、というやつです。しばらく現場へ近づかないようにしているうちに、夏休みになって、そのうち忘れてしまいました。どうも組織的であったらしい、と囁かれただけで目撃者なし、従って被疑者逮捕もなし。    そういえば昔、実家の近くで見つかった子どもの頭も、誰のものだ

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25. ワールドエンド3

 作業部屋の床に転がって、サーシャとモモはじっと動けないでいる。  恐怖で乱れた息は、徐々に整いつつあった。時々、サーシャがすすり泣く声がする。モモはそれを聞いて、なんとか取り乱さないで済んでいるが、身体の震えは止まらなかった。  凍って割れた電球が、目の前に散らばっている。どこか切ったかもしれないが、二人ともまだ痛みを感じる余力がなかった。明かりの消えた部屋で、元魔女見習いと幽霊は、漠然と時が過ぎるのを待っている。  結氷でも、ブレーカーは無事であったようだ。部屋の入り口の

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24.ワールドエンド2

 ただやり過ごすだけでは、テイムズ河の怪事から、サーシャの頭は離れられないようだった。  まだ夜も早いロンドンの地下鉄。都心へ向かっていた先ほどの車内とはうってかわって閑散とした車両の真ん中に、ぽつりと黙り込んで二人で座っている。  少女は背中を丸めてじっと自分のつま先を注視し、同伴する少年は隣をちらちら盗み見ては、壁に張られた広告を読むふりをしていた。  つい数十分前に、世界的に有名な運河で白鳥が大量死しているのを見たところだ。  それだけで幽霊になる前は一般人だったモモに

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23.ワールドエンド1

「探偵って、何故こんなに謎の解明に手間がかかるのかしら」  図書館で借りてきた本から顔を上げて、サーシャが口を尖らせた。きっとまた皆死んでしまうわ、と不平を言う仕草が、彼女を実年齢よりもぐっと幼く見せる。  クリスマス休暇に入ったこの専門学校生は、元は魔女の見習いという出身である。  肉親はなく、友人と呼べる同級生もなく、人間社会に疎いので、クリスマスをどう過ごすかがわからない。休みの課題を早々に終わらせ、明後日の聖夜を控えて手持無沙汰にしていたのだ。  それを見かねた同居人

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着地の仕方、あるいはとりあえず息を継ぐ アドベント2021

年に一度だけなのは更新、そしてクリスマス。 飛べなくても、ひとまず息を継げばいいじゃない。

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2021カレンダーごあいさつ

 全アドベントカレンダー、開き終わりましたでしょうか。大変でしたでしょう、お疲れさまでした。  忙しいのにお遊びに付き合ってくださった方々、本当にありがとうございました。  たまに、こんなものを読ませて申し訳ないな、ってものもあっ……いや、たまにじゃないな。たまよりもうちょっと、ありましたね。今年はパンやら水死体やら、被ったものも多かったですし。それに今更気がついたのですが、読んでみないと内容がわからないと、読後に嫌な気分になったことも、あったとおもいます。仕様とはいえ、申

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25.おまけ 魔女の食卓3:ネコと和解せよ

 昨晩サバトへ行かなかったのを、伯母たちに咎められた。  正確には、伯母のように世話を見てもらっている、魔女の大先輩たちにだ。石苔、烈火、そして藍染の魔女。彼女たちは仲が良く、たいていいつも一緒に行動する。  全ての魔女がある分野に精通していて、腕が良いとふたつ名を貰える。わたしは半人前なので無名なのだけれど、母が十三人の魔女の弟子をしていたので、そういう名のしれたひとたちと知り合いでいる。  平々凡々とロンドンの片隅で、大きな猫ではない、でも似たようなものと暮らしている。

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24.ノッティングヒル イミグレーション

 母には姉が一人いて、二人の下には異父妹がいる。  そう珍しい話ではない。貧困に妻と娘二人を母国に残して出稼ぎに行った父が、帰らなかっただけのことだ。それでその妻、つまり私の祖母は再婚し、新しい夫と末娘を持った。  でも物語ではないので三姉妹の仲は良好だったし、継父も成さぬ娘二人を可愛がった。だから事情に詳しくない知人などは、祖父が母の実の父親でないことを知らない。僕もかなり大きくなるまで事実を把握していなかった。でもそれは単に、彼らが血の繋がりにこだわりがなく、家族であるこ

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23.擬態する白鳥ではないもの

 春から夏にかけて、水路はとても賑やかになる。  適切な気候にぶらぶら歩きを楽しむ人が増えることもそうだが、そこで暮らす水鳥が子育てを始めるからだ。  旅鳥の多くは春早くにやってきて、まずパートナーを探す。  だが同じ種類でも、一年中水路で過ごす個体もいるようである。これは都市部の副産的地熱、あるいは排水の暖かさに、そこで過ごす動物にとって、冬が過酷ではなくなったということなのだろう。あるいは単純に、生態系が変わってしまったためかもしれない。鳥類学者ではない私にはわからないが

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つくものがたり

ひとつひとつ、積み重ねなにとする

101 本

おわりに

九十九夜のものがたり、いかがでしたでしょうか。 まずは、ありがとうございます。 お疲れではありませんか。全部読んだ方、秋よりこれまで、読むのは大変だったでしょう。お付き合いくださいまして、本当にありがとうございます。 知っている話はありましたでしょうか。あるいはまた、耳に新しいものは? たどたどしい文章ばかりですが、数だけは豊富に揃いましたので、ひとつくらいはお気に召したものが、あったものと存じます。 それはどれでしたか。 題を思い出せないかもしれませんね。ああ、いいえ。

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99. おしまい

 嵐の夜、内外の皮が裏返しになったキツネがやってきて、アヒルの卵をカエルに孵化させろという。  翌日、病院へ行った。  まず精神科の受付へ行ったのだけれど、熱を測ってみたら四十度近くあったので、緊急外来に回された。キツネのあれこれは、熱せん妄であろうとのことだった。四時間点滴をしてもらって、家に帰った。  夕方を過ぎると薬の効果が切れ、高熱が戻ってきた。ベッドに行くのも億劫になり居間のソファで倒れていたら、また裏返しのキツネがやってきた。  今日は前後ろが逆さまだった。  グ

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98. 幻想動植物に関する法と権利について

 今回は付喪神に関連付けて、話をしたいと思う。  青森で起こった事件は、まだ記憶に新しいのではないだろうか。倉に保存されていた小袖が、所有者が利用していた違法貸金業の取り立て人を窒息死させた事件である。債務者が容疑者として逮捕・立件された後に、付喪神が起こした犯罪であったと判明した。  ではまず第一に、付喪神とは何か。  民俗学的には長い年月を経て魂を宿した無機物の事を言う。  九十九神とも書く。  百という数字がまずあり、これはかつて、長いものの代名詞であった。転じて完全を

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97. 虹のたもと

 虹の袂には、宝物が埋まっているのである。  そういうおとぎ話があるのだ。虹は宝物が埋まっている地図であるとか、妖精の国への入り口から漏れた光であるとか。  もちろんもういい歳の大人なので、雨後の大気中の水分がプリズムとなって光のスペクトルが云々、と詳しい解説はさっぱりだとしても、なんとなく科学的に説明がつくことだということはわかっている。  けれどひとりの親として、子にそうした幻想を本当のこととして語ることはある。  賛否両論あるだろうけれど、短い子ども時代のさらに瞬きする

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幻想動物2:マンドラゴラ

マンドラゴラについて

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2.4. マンドラゴラ:マンドラゴラとアルラウネ:未来予測

4. マンドラゴラとアルラウネ:未来予測  アルラウネはドイツにおけるマンドラゴラのことであり、現在ではゲルマニアンマンドラゴラ(スカンジナビアンマンドラゴラ)のことを指す。古高ドイツ語の語彙にあるほど古くから知られた植物だが、伝承の内容と、現代のゲルマニアンマンドラゴラの飼育記録に不一致が見られることから、別の種が存在していて、18世紀頃には絶滅してしまったのではないか、と考えられている。本項における「アルラウネ」の記述は、その絶滅種のことを指すものとする。  アルラウ

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2.1. マンドラゴラ:幻想植物とは

1. マンドラゴラ:幻想植物とは  マンドラゴラは幻想植物の一種で、食人木に分類される。古くから同一視されてきたが、ナス目ナス科マンドラゴラ属の植物「マンドラゴラ」とは、異なる種である。分岐する肥大化した根を持ち、引き抜くときに人体に影響を及ぼす音を発する。また、種子・果肉などに有害物質を有することで知られる。  幻想植物は従来の植物の分類と大きく異なり、主な性質が植物寄りであると判断された場合、すべて幻想動物の中の幻想植物(門)に属する。幻想植物は特に、混合する動植物の

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2.2.マンドラゴラ: 生態

2. 生態  侵略的外来種として知られるマンドラゴラは、セイヨウマンドラゴラであり、マンドラゴラ科マンドラゴラ属に帰する(5) 。植物に分類されるナス目ナス科マンドラゴラ属「マンドラゴラ」とは、遺伝子的にも異なるが、欧州から中国にかけて生息地(6) が重複するため、混同されてきた歴史がある(7) 。セイヨウマンドラゴラは地中海を原産とするが、耐えられる温度・湿度は幅広く、適応能力は非常に高い(8) 。種によっては、塩分に耐性があるものさえある。  「マンドラゴラ」もセイヨ

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2.3. マンドラゴラ:マンドラゴラの繁殖

3. マンドラゴラの繁殖  古代ギリシアの植物学者ディオスコリデスは著書“薬物論”にて、マンドレイクにオスとメスが存在すると記述しているが、これはナス科のマンドラゴラの別種を指したものであり、幻想植物のマンドラゴラは雌雄同体である。  マンドラゴラは胞子から発芽する前葉体に卵子と精子を形成する、シダ植物に近い繁殖形態を持っている。しかし、奇妙なことにこの有性生殖機能は、別個体が近くにない場合には機能しない。複数の個体が生息域を同じくするときにのみ、マンドラゴラの一個体は(

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