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2.4. マンドラゴラ:マンドラゴラとアルラウネ:未来予測

4. マンドラゴラとアルラウネ:未来予測


 アルラウネはドイツにおけるマンドラゴラのことであり、現在ではゲルマニアンマンドラゴラ(スカンジナビアンマンドラゴラ)のことを指す。古高ドイツ語の語彙にあるほど古くから知られた植物だが、伝承の内容と、現代のゲルマニアンマンドラゴラの飼育記録に不一致が見られることから、別の種が存在していて、18世紀頃には絶滅してしまったのではないか、と考えられている。本項における「アルラウネ」の記述は、その絶滅種のことを指すものとする。


 アルラウネはマンドラゴラとほとんど同じ生態・性質を持っているが、それよりも擬人化された姿で伝承されており、収穫された後も適切な処置を行えば、生命を維持することができたとみられる(15) 。ゲルマニアンマンドラゴラよりも大型で、通常でも30㎝以上になり、歩くことこそできないが、時々は根を動かす様子などが確認できたという。可動のための柔軟性を得るため通常のマンドラゴラよりも細胞内の水分量が多く、その傷つきやすく柔らかな表皮を保護するため、持ち主は服を着せるように、布を巻いて保存していた。


 アルラウネには、質問をすると未来のことや秘密を教えてくれるという伝承がある。多くのマンドラゴラの種にも同様の伝説が見られ、これは食人木の幻想植物の「未来予測」能力が元になって作られたものと考えられる。この場合の未来予測とは、周囲の環境を分析することで次に何が起こるかを推測することであり、マンドラゴラ種の多くはこれを利用し、捕食に役立てていると思われている。


 ほとんどの幻想植物は自ら移動する機能をもたず、捕食対象を得るために罠を張るという形をとる。例えばヤ=テ=ベオは食虫植物だが、その対象を乾季には大型の動物に変える。獣道に張られた鞭状の蔓は神経毒を持っており、獲物がそれでひっかき傷をつけると同時にその衝撃で蔓が絡まり、抜け出そうともがいているうちに毒が回り死亡に至らしめる。あとは蔓のある場所の下へ向かって、地中の根が伸ばし、獲物が腐って地に落ちるころには、栄養を得られるといった仕組みになっている。


 しかし、80年代まではこの事実は全く知られていなかった。それまでヤ=テ=ベオは、個体の成長具合によって、生産できるだけの毒を蓄えるものと考えられていた。乾季に訪れる動物といっても、様々な種類や大きさがあり、しかも行動範囲は多岐に渡る。ヤ=テ=ベオは成長したその高さに無作為に枝を伸ばし、偶然毒で仕留めることができたものを、食しているのだろうと思われていたのである。


 しかし1986年、アルゼンチンの幻想植物研究所の職員は、ヤ=テ=ベオ達が今年は鳥を主に獲物としていることに気が付いた。数か月前にイナゴが大発生したことで、鳥が例年よりも多く飛来していたのである。当然ながら鳥は地上の獣道を使わないので、これは奇妙なことだった。そこで調査みると、ヤ=テ=ベオは通常枝を伸ばす獣道ではなく、鳥が好む実をつける小高木に枝を巻き付け、そこに止まった鳥を仕留めていたことがわかった。さらに、毒は鳥が飛んでどこかへ行かないよう即効性があり、例年のものとは成分からして違っていたのである。つまりヤ=テ=ベオは、数か月前からそれを予期し、毒を生産・調整し、罠を張るのにちょうどいい場所へ、蔓を伸ばして待っていたのである。


 こうした性質はマンドラゴラにもみられる。マンドラゴラ種は周囲の他植物に擬態して身を守るが、幼体のうちに地中を分析して予想を立てても、自然界にはある年突然、全く別の理由から、予期せぬ植物が大量発生することがある。しかし、ほとんどのマンドラゴラは不可解なことに、この対処不可能であるはずの問題を難なく乗り越え、巧みに周囲の植物に擬態してしまうのである(16) 。


 こうしてみると、「類まれな分析能力を持っている」と言うよりは、「視覚や聴覚といった常識では測れない、何か未知の感覚」を使い、食人木は未来を予知している、と言わざるを得ない。そして特にアルラウネは、どのマンドラゴラ種よりもその能力が高かったと推測されている。


 アルラウネは掘り起こされた後、自らを保護する人間と感応し、その人間に優位なものを示すことができたという。基本的には、複雑な提示をすることはできない。しかし、夜いくつかの単純な選択肢を示してアルラウネの側に置いておくと、この柔らかい植物は朝までに、最善の選択を記した紙や、あるいはその暗示となるものへと、這いずって行ったと言われている。また9世紀頃、ライン川のほとりで、一斉に葉を枯らせたことがあった。根は健康であったので、近いうちに葉が傷つくような事態が起こることを予想したアルラウネたちが、負傷による本体への影響を考慮し、自ら進んで枯れたと考えた人々は、大きな天災の兆候を恐れた。時期的にライン川の大氾濫が起こるのではないかと村人が急ぎ避難したところ、バイキングが侵略してきて、命だけは助かることができた、という逸話も残っている。


 こうした未来予測・予知能力を、マンドラゴラがどのように、またどうやって行っているのかはわかっていない。マンドラゴラ種の頭根に形成層を成している部分があり、脳波に似た電子信号を発することから、動物でいう脳の部分をここが担っているのではないかと考えられている。


15)現存するマンドラゴラは地中から完全に引き抜くと同時に「死亡」すると考えられている。マンドラゴラが断末魔を上げる際、頭根の内部の液体が熱を持ち、変質してしまう。このため、多くのマンドラゴラの成分や生態は未だに謎に包まれているのである。死亡時にも体積・質量が変化するが、その理由も不明である。


16)イタリアのマンドラゴラ研究所の2005年の実験では、DNAを調査すると思われる側根を切り落としたマンドラゴラの周りに、一年目はニンジンを、二年目には空心菜を、といった具合に、一貫性のない植物を毎年植え替えてみた。マンドラゴラには次の年に人間が何の種をまくのか、そしてそれがその地では全く新しい植物であるなら、どういう形状をしているのかわからないはずであり、これによってマンドラゴラ本来の葉の形状をし知ろうという目的であった。しかしそのマンドラゴラの個体は、常に擬態するのに「正しい」形の葉を、周囲に遅れることなく出したのである。

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