tmk
人生はケーキ一切れ分。
ひとつひとつ、積み重ねなにとする
マンドラゴラについて
田舎魔女、メトロポリスへ出てひとを探すこと。
いつかって、今さ(しれっ)。今年はもうちょっと、クリスマスが続くようですよ。
23年アドベントカレンダー、お付き合い頂けまして、本当にありがとうございます。少しでも楽しんでもらえたのなら、こんなにうれしいことはありません。 初夏、よく知っている公園で、通り魔殺人事件がありました。白昼堂々の犯行、というやつです。しばらく現場へ近づかないようにしているうちに、夏休みになって、そのうち忘れてしまいました。どうも組織的であったらしい、と囁かれただけで目撃者なし、従って被疑者逮捕もなし。 そういえば昔、実家の近くで見つかった子どもの頭も、誰のものだ
作業部屋の床に転がって、サーシャとモモはじっと動けないでいる。 恐怖で乱れた息は、徐々に整いつつあった。時々、サーシャがすすり泣く声がする。モモはそれを聞いて、なんとか取り乱さないで済んでいるが、身体の震えは止まらなかった。 凍って割れた電球が、目の前に散らばっている。どこか切ったかもしれないが、二人ともまだ痛みを感じる余力がなかった。明かりの消えた部屋で、元魔女見習いと幽霊は、漠然と時が過ぎるのを待っている。 結氷でも、ブレーカーは無事であったようだ。部屋の入り口の
ただやり過ごすだけでは、テイムズ河の怪事から、サーシャの頭は離れられないようだった。 まだ夜も早いロンドンの地下鉄。都心へ向かっていた先ほどの車内とはうってかわって閑散とした車両の真ん中に、ぽつりと黙り込んで二人で座っている。 少女は背中を丸めてじっと自分のつま先を注視し、同伴する少年は隣をちらちら盗み見ては、壁に張られた広告を読むふりをしていた。 つい数十分前に、世界的に有名な運河で白鳥が大量死しているのを見たところだ。 それだけで幽霊になる前は一般人だったモモに
「探偵って、何故こんなに謎の解明に手間がかかるのかしら」 図書館で借りてきた本から顔を上げて、サーシャが口を尖らせた。きっとまた皆死んでしまうわ、と不平を言う仕草が、彼女を実年齢よりもぐっと幼く見せる。 クリスマス休暇に入ったこの専門学校生は、元は魔女の見習いという出身である。 肉親はなく、友人と呼べる同級生もなく、人間社会に疎いので、クリスマスをどう過ごすかがわからない。休みの課題を早々に終わらせ、明後日の聖夜を控えて手持無沙汰にしていたのだ。 それを見かねた同居人
僕は幼い頃、駅でテロに巻き込まれたことがある。 それなりの大事件だったから、多分覚えている人もいるだろう。イギリス鉄道、空港へのエクスプレスもある駅で、ちょうど昼頃の出来事だったから、かなりの被害者が出たらしい。 僕は母とバース行きの電車に乗るところだった。 子どもと二人旅に慣れていない母は、予定よりも早めの行動を心掛けていたので、駅に付いたのは運行よりも一時間近く早かった。車体はすでに予定の線路にあったが、駅員の話ではこれは到着したところで、これから清掃したり仕度を
最初の少女が亡くなったのは、彼女が九歳になる前の月のことだった。 珍しく乳母と一緒に買い物に出かけ、馬車に跳ねられて死んだのだ。 花の好きな少女であった。父親が植物の研究者であったので、その血を継いだのだろうと人々は言う。 身体の弱い子であったので、就学の年になっても学校へ通わず、屋敷に籠って家庭教師から学んだ。母親はとうにない。父は身分の高い男であったが学問に夢中でフィールドワークに忙しく、あまり家へ帰らなかった。 そんな父親であったというのに、娘の死には叩きのめ
僕の部屋の押し入れの中には、人を殺して食った犬が住んでいる。 少なくとも、そういう噂をされている。 本当に食ったのか、実際にはわからない。食べられたとされる遺体は発見が遅かったため損傷が激しくて、肉をちょっと齧られていたくらいなら、わからない状態だった。事件発覚から三週間も過ぎた今となっては、例え犬を解剖しても、証拠は出まい。 犬は、名前をトーティという。 小さな黒いピンシャーなのに、「サビネコ」と呼ばれていた。 亡くなった伯母の飼い犬だった。正確な年齢はわからな
息子が年頃になってきたので、そろそろ本気で将来を考えるべきかと思い、転校先の見学にやってきた。 なんせ中学生になった息子は、息を吸うように毒を吐く。 母親のわたしは生まれてから一緒にいるのでもう慣れたものだが、これでは同級生、友達は一緒にいるのも辛かろう。 幸い、まだ深刻なトラブルは起きていない。 今のうちに、なんとかすれば、更生できるだろうと判断した。それを親が行うのは過保護すぎるかもしれないと、自分でも思わないこともないけれど。 引き受けてくれる学校は、全寮制
僕は昔から絶滅した動物が大好きで、特に恐竜と鳥の中間に位置するであろう恐鳥類だけは、いつか絶対作ってみようと決めていた。 生物分子化学を修めてみたものの、現代の科学と倫理では生きている間に自分の夢は叶わない、と悟った。それじゃあもう用はないので、博士号に行くのは止めにした。 それで紆余屈折の末、魔女に弟子入りしたというわけ。 師事した魔女がおおらかだったので、面倒くさい基本教養ーー薬草学に幻想動物学なんかーーは一切免除してくれた。 それは、僕がとっくに成人していたの
空を覆う雲は薄いのに、妙に暗い日曜日の午後のことだった。 わたしは外出用のノートパソコンを食卓において、次の原稿の草案を眺めていた。たった数行しか書かれていないそれを、書き足すこともしないまま、ただ薄目を開けて見つめ続けて、もう二時間にはなろうとしている。 わたしの執筆は趣味なので、興が乗らないのであれば、別に無理をして書く必要はない。締め切りなど存在しないし、読者といえば世界に一人しかいないのだ。 それは出来上がった原稿を、買い取ってくれる男である。 出版関係のも
手塩にかけて育てた愛弟子が、「やっぱり普通の人間になる」と進路を変えて、しばらくになる。 もちろん魔女になるにしてもひとり立ちする日はやってくるのだし、早い段階で人生の方向が見えたのは、きっと良いことなのだろう。 しかし、それは建前だ。こちらとしてはこの先何年か何十年か、預かり子の育成計画が唐突に打ち切られて、手隙なのである。 いや、ここは正直に言う。 寂しいのだ。あの、泣き虫のみそっかすが、ずいぶん後になるまで夜尿症が治らなかった愛娘が、ひとりで、人間の荒れた社会
わたしの田舎にはほとんど知られていないのだが、世界遺産で知られるダードルドアのアーチ石と、かなり似た場所がある。 石灰岩でできた海岸が浸食されてできたところは同じで、周囲が切り立った崖に囲まれた、小さな内湾の片方が、半円に抉られて門のように見えるのだ。 浜はチョークの小石混じりの砂浜で、崖肌が白いのに何故か砂は赤い。 水は澄んでいる。 晴れると空と海の境界さえ曖昧になりそうな美しい外洋、そこから続く青が唐突に近場で濃くなるのは、急な水深の変化による。アーチ石の下に、
ある冬の日の午後、お茶請けに出したぶどうの中に、呪いを見つけた。 スーパーで買ったパック果物だったので、少し驚いた。そういえば、昨日は急いでいて、あまり中身を確かめずにカゴにいれたのだった。こういうこともあるから、なんでもおざなりにしてはいけない。 他の房をつまんで見ても、呪いはそこにしかついていなかった。 小さな、未成熟の実である。固くて青い。誰も食べそうにないぶどうに呪いをかける意味がない。恐らく、意図して付けたものではなく、天然発生した呪いなのだろう。 「おじい
雨が降ると、カブラチョが山から下りてくる。 道路にへばりついて、身体を乾かそうとするのである。 そうなるともう、仕事にならない。 この辺りは山からも海からも近く、資源も豊かだから住人の生活にゆとりがある。大抵の人々はカブラチョが道を塞いでいるな、と見ると、「じゃあ今日は休むか」とおおらかに対処しているようである。 カブラチョは農作物を荒らさないし、他の野生動物への影響も少ない。休暇の言い訳にするくらいしか、役に立たない生き物なのだ。 でもわたしはあまり、カブラチョ
男がわたしを捨てたので、怨霊となった。 別の女に懸想した男はわたしが邪魔になって、首を絞めて沼に捨てたのだった。物心つく前からの許嫁であったのだが、男からしてみれば、わたしは金を得るための人質でしかなかったのだろう。 苦しみ、全てを奪われても、わたしには見ていることしかできなかった。 わたしの恨みは男には届かず、どんなに憎しみを向けてもかの女には痛くも痒くもない。祟れば祟るだけ、彼らは幸運と金運を得て、幸せに暮らすのだ。そしてそれを見なければならない、わたしの苦悩は増
わたしには、現実ではない記憶がある。 住んでいた隠れ里に、たくさんのヒトがやってきて村人を虐殺する記憶だ。 わたしは小さくてやせっぽっちの、切り髪にもなっていない男の子だった。 この村では、病気などで死にやすい幼児は、まだこの世のものに成りきっていないという考えで、七歳になるまで髪の毛を伸ばさなければならない風習があった。正確には刀を使って身体の一部を切ってはいけなかった。爪なども、伸びてきたら噛んで短くするのだ。 年齢はよく覚えていないが、基礎学習を始めて、村の常