#421 自分の非を認める難しさ
さて、今日のテーマは「自分の非を認める難しさ」です。
大人になった僕たちは、
「ちゃんと謝りなさい」
と子供達に促しています。
それは教育の一環でもありますが、自分自身を振り返る過程でもあります。
自分が行った行為が、他者に対してどのように影響しているかを考えるための行為だと思います。
何が悪いか?
何が正しいのか?
そんなものは時代や状況によって大きく変わります。
大事なことは自分が行ったことを自分自身で客観視できるかということです。
さて、大人になった僕たちはそれが行えているんでしょうか?
自己紹介とお知らせ
某リハビリテーション病院で作業療法士の中堅管理職として働いています。日々、対象者の生き方と向き合いながら、組織の課題やチーム運営にも取り組んでいます。
このnoteでは、医療の中で様々な人の生き方と出会う作業療法士が、医療者・中堅管理職の目線で、社会での働き方、人間関係の考え方、ストレスマネジメント、医療の問題などのテーマに触れながら、日々感じたことを自らの解釈として記録しています。
読んだ方の何かお役に立てれば幸いです。
以下お知らせ。
◾️第28回福岡県作業療法学会
来年行われる福岡県作業療法学会の学会長を行うことなりました!ホームページが公開されましたのでよかったら!
演題募集は6月1日〜7月31日まで!
◾️湘南OT Interaction
「学びたいけどどうしたら・・・」と悩む作業療法士の方と一緒にコミュニティ作りを支援します。定期的に勉強会も行なっているのでよかったら。!
6月16日(日)の夜にzoom勉強会を行います。
テーマは「コミュニケーションの役割」です。
ぜひご参加ください!
それでは本題に入っていきましょう。
大人になるほど見える
大人になればなるほど、僕たちは自分を客観視できるようになっていきます。
それができるようになれば、冒頭で述べたように自分の責任を理解し、その状況において自分に非があれば謝罪することもできるはずです。
でも、それって意外と難しい。
これは客観的に自分たちを見ることができるようになったからこそかもしれません。
客観視することによって見えるようになったのは、他者と自分の関係性だけではありません。
世間体、役割、責任、立場、上下関係
たくさんのことを知れば知るほど、自分の見得とプライドが同時に現れてきます。
知れば知るほど、うまくいってない自分が辛くなる。
そんな自分を誰よりも自分が知っている。
でも、それを認めることは許されないんです。
それは、自分を蔑む行為でもあり、自分で自分を否定するように感じてしまうからです。
自分の非を認めることは、世界を知るほど難しくなるのかもしれません。
自分を知るということ
でも、子供達に諭すように、自分たちが何をしたかを冷静に見ることが大事だと思います。
それは、感情・プライドなどを一旦置いておくことができるかということになります。
私が持っているものは果たして今必要なのかを考えることです。
本当に自分に「非」があるかどうかは対して重要ではないんです。
問題なのは、大人になった客観的に世界を見た時に、その事実を覆い隠さずに冷静に見ることができるかです。
それができなければ、客観的な視点に意味はなくなりますし、
いつまでも本質的な問題には行き着けません。
「自分の非を認める」という行為ができるかどうかは、自分の視点が何に向いているかを教えてくれます。
謝罪をすれば良いというわけではないです。
大人のあなたなら、それに気がついたときにどうすればいいかは分かるはずですよね。
今日は以上になります。
頑張るあなたを応援しています。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
読んでいただいた方のヒントになれば幸いです。
ではまた。
◾️質問箱
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