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名刺代わりのSF小説10選【2022】02

 この記事は下の記事の続編になる。先に01の方からチェックしていただけると幸いだ。

アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』
ニール・スティーブンスン『スノウ・クラッシュ』
グレッグ・イーガン『シルトの梯子はしご
劉慈欣『三体』
アンドレアス・エシュバッハ『NSA』
スタニスワフ・レム『ソラリス』
ウラジミール・ソローキン『青いあぶら
伊藤計劃『虐殺器官』
佐藤究『Ank: a mirroring ape』
安部公房『第四間氷期』

今回も太字の作品について解説していく。

04.劉慈欣『三体』

小説のPoint
01.敵対的な三体星人と決着をつける
02.智子ソフォンという量子コンピュータ
03.文化大革命という過去から2010年代という現代、そして未来へ
04.『銀英伝』を継ぐもの

その1:人類に敵対的な三体星人
 必ずしも人類にフレンドリーな異星人と遭遇するとは限らない。アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』では人類に友好的な異星人と出会うことができたが、『三体』は違う。三体星人は人類に代わり地球を乗っ取ろうとしてくる。

 特に興味深いのは、智子ソフォンと呼ばれる、三体星人が開発した超小型の量子コンピュータである。超小型といってもICチップというレベルではない。陽子と変わらないサイズのコンピュータであり、三体星人の技術力の高さをうかがわせる。

その2:智子ソフォンという量子コンピュータ
 ではこの智子で何をするのか? 智子は地球上の加速器で行われる粒子衝突実験に割り込んで、人類に誤った実験結果を与える。人類に誤った知見をもたらすことで、長期的には人類の科学が発展することを妨害する。三体星人の、実に壮大な計画だ。

 また智子が面白いのは、量子もつれ(Quantum entanglment)を利用して、智子同士で”交信”を行っていることだ。智子は一台だけではない。三体星人の側にも同じものが用意されており、地球側の智子に状態の変化が起きると、瞬時に三体星人が持っている智子にもその状態の変化が反映される。つまり、2台(以上)の智子のおかげで、三体星人は人類の科学技術の進歩を逐一ちくいち監視できるようになるのだ。

その3:文化大革命という過去から2010年代という現代、そして未来へ
 文化大革命の嵐の中、主役(葉文潔)の父親が紅衛兵に惨殺されるシーンから始まる。葉文潔の父親は理論物理学者・大学教授であり、のちのち彼女自身も父親のように天体物理学者となる。その第一章のタイトルは「沈黙の春」。革命のピリピリとした雰囲気の中、反革命分子にされかねない葉文潔は、自身の父親が殺されても沈黙するしかなかった。

 レイチェル・カーソンが執筆した本家『沈黙の春』は生態系の破壊を全世界に告発したわけであるが、葉文潔は人類の堕落ぶりを全宇宙に発信してみせた。このメッセージを三体星人が受信してしまい、人類の危機が起こってしまう。

 第2巻(黒暗森林編)以降、羅輯がこの事態の解決に立ち向かうことになるのだが、その時間スケールが本当に壮大である。2010年代から始まって、冷凍睡眠によって何百年も眠りつつも、再び三体星人と格闘することになる。これ以上はネタバレになりそうなので控えておきたい。

その4:政治闘争に関する解像度の高さ
『三体』の著者・劉慈欣は、田中芳樹『銀河英雄伝説』のファンである。そのためなのか、不毛な政治対立や遅々として進まない会議、こじれていく党派対立、グループ内での分裂や仲間割れなど、人間の政治的な心理描写に対する解像度がものすごく高い。

 ちなみに、本作のどこかの場面において、ヤン・ウェンリーの有名な台詞が引用されている。メインストーリーは全5冊。見つけるのは一苦労かもしれない。が、読み飛ばさずにぜひ探してみてほしい。

※中国SFがアツい

 最近は中国発のSF小説がかなり充実している。邦訳ではケン・リュウが編集したアンソロジーが早川書房から多く出版されていて、(中には北朝鮮を舞台にしたような)刺激的な作品も楽しめる。

 筆者は『折りたたみ北京』と『金色昔日』は読んだものの、『月の光』と『走る赤』については読んでいない。

05.アンドレアス・エシュバッハ『NSA』

小説のPoint
01.ドイツ発、読みやすい歴史改変SF
02.『NSA』と『帰ってきたヒトラー』~情報通信を利用する第三帝国
03.情報インフラと優生学の悪魔じみたコラボレーション
04.これ、現代の話では?

 本作は「第三帝国が通信インフラを掌握してしまったら……」という歴史改変SF小説となっている。描かれる第三帝国内では、スマホも国民番号制度も普及している。第三帝国が現れるということは、もちろん優生学や秘匿された原爆開発もセットになってくる。人種や位置情報はおろか、購入履歴や朝昼晩の摂取カロリーまで把握されているようなディストピアだ。

 主人公は国家保安局(NSA: Nationales Sicherheits Amt)に勤務しているエンジニアである。作中ではプログラムニッターと呼称されている。そして国家のデータセンター(データサイロ)にアクセスできる分、何が命取りになるのかもよくわかっている。

 遺伝病の診断が下れば収容所行きになるかもしれない。また人口増加政策のため、一部の例外を除いてコンドームを買うのも禁止されている。当然、購入履歴に足がついてはならない。そして、原爆開発のデータにアクセスしてしまったらスパイだと疑われて一発アウト。実に緊迫した日常である。

 NSAというタイトルにも中々の皮肉が込められている。我々が知っているNSAは、National Security Agency(アメリカ国家安全保障局)の方である。もちろん脅威なのはアメリカだけではない。人々を監視したがるのは、別の国もそうなのかもしれない。

※ディストピア小説ハッピーセット

『NSA』の作品舞台はほぼドイツ国内に限られているが、第三帝国が台頭してくる絶望感は、フィリップ・K・ディック『高い城の男』に似ているのかもしれない。『高い城の男』も歴史改変SF小説であり、枢軸陣営が勝利することでアメリカとユーラシアが主として日独に分割される、というディストピア小説になっている。

 似て非なる作品として『帰ってきたヒトラー』というものがある。現代に転生したヒトラーと宣伝文句につられて、映画をご覧になった方も多いだろう。移民排斥といったテーゼを掲げながら、インターネットやテレビなどを利用して、ヒトラーはドイツ国内で勢力を拡大していく。『NSA』とは異なり、(ネオ・)ナチスが将来的に政権を掌握していく過程を仮想している。

 秘密警察を用いた国民の徹底監視、優生学に基づいた非人道的な人口政策、反体制的な書籍の焚書、パンとサーカスを利用したポピュリズム。ジョージ・オーウェル『1984年』、オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』、レイ・ブラッドベリ『華氏451度』は、独裁国家体制での生活を学べるディストピア小説3点セットである。

 今後を生き延びるためにはぜひ読んでおきたい小説たちである。


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