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名刺代わりのSF小説10選【2022】01

  今回は名刺代わりの小説10選・SF小説部門【2022】について、掘り下げていきたい。選出した作品は以下の通り。解説は全5回。

アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』
ニール・スティーブンスン『スノウ・クラッシュ』
グレッグ・イーガン『シルトの梯子はしご
劉慈欣『三体』
スタニスワフ・レム『ソラリス』
アンドレアス・エシュバッハ『NSA』
ウラジミール・ソローキン『青いあぶら
伊藤計劃『虐殺器官』
佐藤究『Ank: a mirroring ape』
安部公房『第四間氷期』

この記事では太字の作品を解説していく。

01.アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』

小説のPoint
01.人類よりもはるかに賢い存在とどう接するのか?
02.異星人(完全に価値観の異なる相手)とどう対話するのか?
03.物質文明を捨て、精神的な存在となった人類はどうなるのか?
04.「世界連邦」という20世紀の人類の夢

 上位存在に庇護される人類。そういったSF的想像力を一冊の長編として描き切ったのは、本作が初めてであろう。異星人に啓蒙された人類が、精神的な存在となって、ついには物質文明を捨てるに至る。小説の筋は大体このようなものであった。

「異星人」の部分を「AI」ないしは「計算機」と読み替えれば、今でも十分通用する話ではないだろうか。人間では追従できない速度で成長する計算機を人間では理解することができない。ブラックボックスのままに使わねばならない。そういった状況は、落合陽一が提唱する「デジタル・ネイチャー」の概念に近いのかもしれない。

 冷戦構造の息苦しさをあまり感じさせない点も爽快だ。
 多くのSF小説、特に20世紀の名作では、作家の出身国によるナショナリズムやイデオロギーが透けてみえる。たとえば、ジョージ・オーウェル『1984年』や小松左京『復活の日』がそうだろう。最近では劉慈欣『三体』やアンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』もそうかもしれない。作品を読んでいると、どうしても旧ソ連やアメリカ、中国への対抗意識が秘められているように感じたのだ。

 その点『幼年期の終り』はそういった人間同士での対抗意識がないように思える。あくまで普遍的に「人類」のことを考えている。それが哲学的思索としてピュアに感じるし、現実的な政治問題を忘れさせてくれる清涼感も生じる。世界連邦が設定として盛り込まれている点も面白い。(一方で、人類の叶わぬ夢のようにも見えて、少々切なくも感じる。)

02.ニール・スティーブンスン『スノウ・クラッシュ』

小説のPoint
01.サイバーパンク欲張りセット
02.「情報」に関する深遠な考察~シュメール語からウイルス、DNAまで
03.アメリカナイズドされた剣豪小説
04.主人公にHiro Protagonistと名付ける安直なネーミングセンス

 主人公はヒロ・プロタゴニスト英語で”主人公”。アヴァター技術を開発した凄腕のハッカーだったのだが、現在では(マフィアが経営する)デリバリーピザの配達人に甘んじている。そんなヒロはある日、メタヴァース(という仮想空間)内において、「スノウ・クラッシュ」というドラッグを渡される。

 しかし、この「スノウ・クラッシュ」は一種のコンピュータ・ウイルスであり、アヴァターを制御不能にしてしまう。それどころか現実の人間も意識不明の病院送りにしてしまうウイルスであった。(いわゆる「ポリゴン・ショック」のイメージに近いだろうか。)

 事態を収拾するために動いたヒロ。調査の末にたどり着いたのはDNAにウイルス、象形文字にシュメール人といった人類史の根源的な存在である。情報の本質と人類のバグを問い直すような作品の仕掛けは、実に面白い。また、アメリカナイズドされた剣豪小説として読んでも楽しい。その点も非常にお得である。

 サイバーパンク欲張りセットとしては満点だったので入選。ウィリアム・ギブスン『ニューロマンサー』のようなスタイリッシュさを踏襲しつつ、『ソード・アート・オンライン』のような剣戟もあり、伊藤計劃の『虐殺器官』や『ハーモニー』に垣間見られるような省察も充実している。

※ちょっとした余談:アメリカ、チバシティからアジアへ

 ところで、一昔前のサイバーパンクの舞台は、アメリカあるいは日本(+香港)であることが多かった。フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の舞台はサンフランシスコであり、映画版である『ブレードランナー』の舞台もロサンゼルスである。『ニューロマンサー』第一部の舞台は日本のチバシティであった。

 イメージとしても、摩天楼の下層部に張り巡らされた電線を仰ぎ見るような猥雑な風景が浮かんでくる。これは90年代の東京や香港の光景に近いものがあるのではないか。昨今流行りのMidjournyやStable diffusionに"サイバーパンク"とキーワードを入れたときに、出力される画像も大体このイメージに近いであろう。

 が、最近はその傾向が変化している(ように見える)。台湾や中国大陸、東南アジアの都市も舞台として採用されるようになった。特に日本人作家のSF小説ではその傾向が強いかもしれない。

 たとえば、パオロ・バチガルピ『ねじまき少女』の舞台は近未来のバンコクである。また、柴田勝家『雲南省スー族におけるVR技術の使用例』ではチベットが、溝渕久美子『神の豚』では台湾が、小川哲『ゲームの王国』ではカンボジアが、それぞれ作品の舞台となっている。

03.グレッグ・イーガン『シルトの梯子』

小説のPoint
01.グレッグ・イーガンの中で最もハードなSFかも。
02.新宇宙ができちゃった。しかも我々の宇宙を侵食している。
03.君たちは新しい物理法則にどう適応するのか?
04.保守か、革新か~黒船来航とどう向き合うのか?

 正直に言って私はこの小説のことをよく理解できていない。登場人物の認識能力が、現在の人類とはあまりにもかけ離れている。なので、登場人物(?)の思考をくみ取ることすら難しい。共感などはなから期待していない小説である。

 ミモサ研究所での実験で、物理法則が異なる新たな宇宙が生み出されてしまった。しかも、数百年後には人類の居住している惑星まで呑み込んでしまう、という事件が起きた。そんな中、「拡大する新宇宙に人類が適応すればいいじゃない」と主張する譲渡派と、「新宇宙はとっととぶっ潰せ」と主張する防御派とに別れて、論争が繰り広げられる。(SF的なギミックは非常に複雑なのに、政治的な構図は実にシンプルになっている。)

 エヴェレットの多世界解釈やスピン・ネットワーク理論といったトピックが、2002年の時点に小説の材料として落とし込まれている。その点に驚愕せざるを得ない。

 多世界解釈に関する書籍は、すでに講談社ブルー・バックスから出版されている。(和田純夫『量子力学の多世界解釈』)また、スピン・ネットワークについては、理論の発見者の一人であるカルロ・ロヴェッリの著作が、数冊邦訳されている。特に『すごい物理学講義』と『世界は「関係」でできている』は、発売当時それなりに話題になっていたはずである。

 ちなみに、文庫版『シルトの梯子』の解説者は前野昌弘である。『よくわかる○○』シリーズの著者であり、お世話になった理工系の学生も多いだろう。

次回以降の解説

名刺代わりのSF小説10選【2022】02|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】03|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】04|水石鉄二|note
名刺代わりのSF小説10選【2022】05|水石鉄二|note 【終】


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