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名刺代わりのSF小説10選【2022】03

アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』
ニール・スティーブンスン『スノウ・クラッシュ』
グレッグ・イーガン『シルトの梯子はしご
劉慈欣『三体』
アンドレアス・エシュバッハ『NSA』
スタニスワフ・レム『ソラリス』
ウラジミール・ソローキン『青いあぶら

伊藤計劃『虐殺器官』
佐藤究『Ank: a mirroring ape』
安部公房『第四間氷期』

今回も太字の作品について解説していく。

前回のシリーズ

🛸名刺代わりのSF小説10選【2022】01|水石鉄二|note
🛸名刺代わりのSF小説10選【2022】02|水石鉄二|note

06.スタニスワフ・レム『ソラリス』

小説のPoint
01.「海」そのものが意思を持っている?
02.『幼年期の終り』vs『三体』vs『ソラリス』
03.亡くなった人間のコピー
04.ソラリスの「海」を飲んでみたい

大まかなあらすじ
 小説の舞台は、海洋惑星ソラリスを周回する宇宙ステーションである。ソラリス全体を覆っている「海」は、何らかの知的存在なのではないかと予想されており、人類はソラリスの研究を行ってきた。

 主人公であるケルヴィンはソラリスの宇宙ステーションに派遣されたのだが、そこで異常事態に直面することになった。研究者たちは精神に不調をきたしており、中には狂気的な言動をするものもいた。そして、ケルヴィン自身も、過去に亡くした恋人・ハリーの幻影を見るようになる。

 しかし、その幻覚はソラリスの海がもたらしたものであり、ケルヴィンたちの精神的な惨状を知った”ハリーの幻影”は、液体酸素を飲み亡くなってしまった。

コミュニケーションできないタイプの異星人
 アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』において、人類は友好的な異星人と遭遇した。劉慈欣『三体』において、人類は敵対的な三体星人に見つかってしまった。

 では『ソラリス』はどうか? 友好的とも敵対的ともつかない、接触してきた目的すらわからない存在だというのが、恐ろしくもあり、読者に思索をうながす部分である。(そもそも目的もなく接触している可能性すらある。)

海洋惑星ソラリス
 特筆すべきは、海洋惑星ソラリスの設定である。ソラリスは全体が海で覆われており、その「海」が意思を持っているのではないか、と予想されている。しかしながら、地球上の生物のように、神経組織や脳を持っているわけではない。にもかかわらず、「海」は複雑な挙動を示すことから、継続的に研究が行われてきた。

 文脈はまったく異なる話だが、ガイア理論を思い出す人もいるかもしれない。地球というシステムを、一個の疑似的な「巨大な生命体」と見なすような仮説である。(内容を初めて提唱したのはジェームズ・ラブロックであり、「ガイア理論」と名付けたのは『蠅の王』でお馴染みのウィリアム・ゴールディングであるらしい。)

ソラリスのスープ
 ソラリスの「海」が一体どんな成分で構成されているのかはわからない。地球の海水とは異なって、重金属を大量に含んでいるかもしれないし、あるいは液体に見える別の流体なのかもしれない。もちろん、人類がそもそも飲めるのか、飲んでも無害なのか、その点も判明していない。

 しかし、ソラリスの海水を飲んでみたらどうなるのだろうか? 知的存在を体内に取り入れるという観点で考えてみると、かなり興味深いことなのかもしれない。

07.ウラジミール・ソローキン『青い脂』

小説のPoint
01.フルシチョフ×スターリンの架空歴史BLSF (R-18)
02.多言語のスラングが混じりあった奇書
03.青脂せいしの生産を強いられるロシア文豪のクローンたち
04.社会主義国家の科学史など

 この小説はあまりにもエロ・グロ・ナンセンスな描写が多い。そのため万人に薦められるものではない。しかし、フルシチョフ×スターリンの濃厚なBLや、ロシア文豪たちのクローンが書く作中作などがあまりにも面白いので、名刺代わりのSF小説10選に入れざるを得なかった。

 あらすじの解説が困難であるほど混沌とした小説である。しかし2, 3の興味深い設定について語っておきたい。

中国化した未来のロシア
 本作には中国語のスラングが多用されている。未来のロシアは中国から大いに影響を受けているという設定があるからだ。

 この小説は1999年に執筆された。当時の中国は発展を期待されていたものの、現在のように摩天楼を築いて繁栄しているというわけではなかった。『三国志』といった伝統的な文化はともかく、現代的な文化に注目する人は少なかった。

 まだ中国の台頭が見込まれていなかった状況下で、そのような設定を考えた著者は、慧眼だったと言えるかもしれない。

ロシア文豪のクローンから生産される青脂
 ドストエフスキー、トルストイ、チェーホフにナボコフ。本作に登場するロシア文学の巨匠のクローンたちは強制的に働かされている。優れた文学者のクローンが作品を執筆したときに青脂が生じる。未来のロシアにとって、この青脂が貴重な資源であるらしい。そのため、彼らは独房のような場所に閉じ込められ、小説や戯曲、詩の執筆に従事させられていた。

 特徴的なのは、これが単なる設定で終わっていないところである。クローンたちが書いた作品を、小説中において(作中作という形で)実際に読めるようになっている。つまり、ストーリーと結びついた形で、ソローキンの文体模写の技術を拝めるということである。ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』のように。

 ところで、青脂にはどんな機能があるのか。その点は一切説明されていない。一切説明されないのだが、未来のロシア人は1954年のモスクワに青脂を送ろうとしている。

歴史改変SF
 この小説において、ヨーロッパはヒトラーとスターリンによって二分されていた。残念ながら資本主義陣営は滅び、原爆はロンドンに落ちたらしい。さて、第三の敵を始末すれば、やがて仲間割れが起きるのが歴史の常である。結局スターリンとヒトラーは敵対することになった。

 そこで、未来のロシア人はスターリンに青脂を届けようと、1954年のモスクワにタイムスリップしたらしい。ソ連共産党は当然、青脂の兵器利用を試みるのだが、誰も機能や使い方を理解していない。ドイツはドイツで青脂に関する情報をつかんでおり、ヒトラーともひと悶着。

 物語は滑稽な独裁者たちを巻き込んで、より混沌へと突き進んでいくのだが、結末を書くことは控えたい。だが断らねばならないのは、フルシチョフ×スターリンのBLも、物語の一幕に過ぎないということだ。これでさえオチではない、ということである。

※社会主義・共産主義に関するSF

 社会主義ディストピアを描いた小説としては、ザミャーチン『われら』やジョージ・オーウェル『動物農場』が有名かもしれない。また、ミハイル・ブルガーコフ『犬の心臓・運命の卵』も、倫理観を突き抜けたような動物実験の設定にSF的な醍醐味を感じられる。

 共産主義・社会主義体制をテーマにしてSF小説として、伴名練「シンギュラリティ・ソヴィエト」、小川哲「嘘と正典」も面白い。

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