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短編小説『宇宙アーカイブ図書館』

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宇宙には全ての人生がアーカイブされている。

だからアクセスすれば、過去と呼ばれる時代をデータとして見ることもできるし、仮想現実として体験することができる。

名だたる聖人や歴史上の人物にアクセスすることも可能だ。いざ、誰もが知ってるカリスマ的人物にアクセスしてみたら何だこんなもんかだとか、随分史実は捻じ曲げられてるんだなと驚いたり、興醒めすることもある。

だけど、面白いから宇宙の全てがアーカイブされているこの場所を彷徨いて調べものすることは、もう趣味であってやめられない。

私は(私、なんてものは本当は存在しないんだけど)あるとき、回廊を歩いていてふと目に止まった、ひとりの地球人のアーカイブに目を止めた。

その人生データは西暦2007年に生まれた地球人の女の人生で、生涯は2023年で終わるようだ。16年で終わる人生。儚いものだな。

覗いてみれば、特にこれといって変哲のない人生だった。優しいけれど時々口うるさい両親、仲のいい友人、同級生との恋愛。よくある地球人の10代の生活、といったところか。

まあ、別にどうってことないか…。
データをそっと戻して回廊の散歩を続けようとすると、少し離れたところの空間が輝きはじめ、気づけば小柄な地球人の姿をした女の子が立っていた。

「あなたが手に取っていたの、わたしの人生のアーカイブデータだよね?それを探して此処まで来たの。」

へえ、そう?後はご自由に…軽く挨拶してその場を立ち去ろうとすると、彼女はさっとこちらを通り越して、自分の人生データにアクセスし始めた。

彼女はとても愛しそうに、アーカイブを楽しんでいる。

あのさ、そんなに楽しい?思わず声をかけた。
いったら何だけど、これといって変わったところのない人生だよね。と付け加えそうになったけど、それは野暮というものかと少し考えて後半の言葉は引っ込めた。

今までもう地球人の人生は沢山垣間見て来た。
名だたる革命家や宗教の開祖、歴史に名を残したアーティスト…彼らの鮮烈な人生からしたら、彼女の人生はわずかで、ささやかな人生とでもいうべきものに見えた。

すると彼女は
「楽しい!こんなに楽しいことないっていう人生だったよ。そりゃ我が儘なところあったし、おっちょこちょいだってよく友達にも突っ込まれてたしね。でも両親はとても大きな愛で育ててくれたし、今振り返れば感謝しかない人生だったよ。生きてる時はよくわからないことも多かったけどね。

最後は交通事故で死んじゃったんだけど、それはね。わたしは別の人生で女性としての生をとても恐れていたことがあったから、今度は短くていいし、特にこれといって変わったことのない人生でいいから、とにかく生きることを全うして感謝できる人生がいいって自分で願ったんだって死んだ後に思い出したの。そしたら何か、ほんとに16才っていう短めの人生で終わってさあ。

こんなに楽しいんだったら、もっと好きな人と恋愛したり結婚したり…長く生きてもよかったんだって思ったよ。短くてもいい、なんて願わなければもっと長生きできたのかなあ。」

そう矢継ぎ早に話し始めた。

やれやれ、地球人の特徴だな。
私は内側でひとりごちた。

生に対する思い入れが深く、感情というものに魅入られた多くの地球人は己の人生を情感たっぷりに語り始める。とにかくあの時はこうだった、あの時にこんな出会いがあって…過去のエピソードを比較的よく覚えているし愛着がある。地球人になったことの無い、こちらにはよくわからないことだ。

こちら側にとっては現象というものは実際には存在していないし、すべては幻。ままごとに近い。それがどんなに鮮やかでリアルに感じられたとしても。それらのことは地球の名だたる聖人と呼ばれる存在達等が種明かししたはずなのだけど、教育が行き届いていない万年出遅れている星・地球ではまだそんなことさえ理解していない者が多いと聞く。観照点からすれば輪廻転生など、している風にすぎない。というか輪廻転生している風を夢の中で味わっているだけということを未だに知らないままだ。この10代の女の子もそのひとりということか。

『まあ、いいんじゃないか?宇宙の采配は完璧で狂いなど存在しない。理由がよくわからなくても16才で終わったなら、それが最善だってことさ。
こちらに来れば16才だろうが86才の人生だろうが、一瞬のこと。微々たる違いじゃないか。そんなに望むなら、また地球の好きな時代へ行って長生きとやらをする人生を体験してみればいいじゃないか。』

ひたすら話を続けそうな女の子のストーリーを、
早々に区切って終わりにするためにも返答した。

「そりゃ、そうだよ?でもさあ、同じ両親と同じ友達と…。同じ人生を2回できるって話も聞いたんだけど、やっぱり人生1回だって思うから、大切さや愛しさが増すし深まるって思ったんだよね!何回もあるってしたら手抜きしちゃうって感じもするし、醍醐味が薄れちゃうっていうかさあ。」

………ほんとうによく喋る子だ。
たった一回の人生を、よくそこまで身振り手振りを加えながら長々と話せるものだ。

「わたしはさあ、もっと人を好きになりたいって思ったんだよ。自分のことも、人のこともね。みんなもそういう所、あるんじゃないかな。」

まだ話を続けるのか、そう思ったものの
どこか彼女の話が引っかかった。

好きな気持ち。これもわりとよく地球人が扱う言葉かつテーマな気がする。地球人は自我の不足感からくる恋愛ゲームが大好きだし、こちらからすれば低次元なやりとりでしかないことを命がけでしていたり、特定の関係性に辟易するほどハマりこんでいる。

宇宙一切、すべてが愛だしそれ以上も以下もない。こちら側ではそう習うし、愛とは「好き」という言語化とは少し違う気がするのだけど、これまた地球人独自の世界観でこちらで生きている者としては、よくわからないことだ。

好きな気持ち、か。

「あなたも、そうやって距離置いてないで一度地球人になってみればいいのに。好きって気持ち、苦しいときもあるけれど、楽しいよ!」

地球人になる?未開で野蛮な、戦争なんてしてる旧世界の星に?いくらこちらで暇してるからって、そこまでは。たしかに地球のサポートのためにこちらから幾多のボランティア精神旺盛な志願兵的な魂たちが地球に降り立っているとはいうが、すっかり地球特有の物質世界にはまり込んでしまって、帰還できない者も多いと聞く。

「いいじゃん。わたしはもう一回地球の女性としての人生を体験したいって希望を出したんだよね!あなたもそうしなよ。それで地球でわたし達もう一回出会おうよ。沢山、地球での好きな気持ちや感情ってものを教え込んであげるよ。楽しそうでしょう?一緒に美味しいもの食べたり、面白いことしようよ。」

この場所で幾多のアーカイブされた人生を見てきた。たった一回の微々たるものに思い入れをもつ者達・地球人。やれやれ、そんなことをするだなんて……。そう思った最中、魂が淡く光り始めた。

………しまった!!これは転生のサインだ。

この場所では意識の変化=行動なので、内側で微々たる変化が起きたら、すぐに変わってしまう。どうやら、地球での人生を体験してみようかなどど一瞬とはいえ本気で思ってしまったらしい。目の前を見やると、女の子の姿も淡く光り始めている。

「やったあ、あなたと地球でもう一度出会えそうだね?」

無邪気に微笑んでいる。

まったく、この場所で暇すぎたのが祟ったか。
こうやってダウングレードされた生を、生きることになるなんて。

「わたしがあなたにもう一度、
好きな気持ちってものを教えてあげるんだからね。」

……もう一度だって??君とはさっき出会ったばかりじゃないか。告げる間もなく、この意識が薄れはじめた。

もう始まりも終わりも思い出せない。
これが地球人状態の魂ってやつか。

そのまま、真っ白い世界に吸い込まれていった。

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なぜか下北沢の街

「あのさ、これからも……。
一緒に美味しいもの食べたり映画館行ったり、
そんなこと、これからも一緒にしようよ。」

『え??あ、えっと…そうだな…。』

僕は、自分が誰だったかを覚えていない。
けれど、もうすっかりこの世界の住人になっている。何でこう思うのかはわからなくても、まるでかつては別の存在だったみたいに俯瞰して感じることが時々ある。

普段の何気ない会話の流れで、幼馴染の女友達と高校生になったばかり同士で、付き合うことになった。おっちょこちょいで少し我が儘で、何となく気になっていた相手。恋愛にさほど興味があったわけでもなく
自分から告白するという感じではなかったけれど、いざ意識し始めると照れてしまう。

10代の青春ってやつを送る、ただ1人の何の変哲もない男。
ただそれだけ、それだけなんだけど

思ったより楽しいじゃん。

こうやって、人生にはまり込んでいくんだな。
今までわからなかったことを知る、そんなこと。

たった一つの、大切な人生。

『なんか、ありがとうな。』彼女に伝える。

彼女はあのときみたいに、屈託なく無邪気に笑った。

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