見出し画像

テニスメモ479.自己肯定感低めの人は「もらう」が苦手(連載その2)


▶もらってばかりだと「悪い」?


前回からの続きです。

自己肯定感は自己肯定イメージ。

「イメージがすべて」といったのはテニス界のレジェンド、アンドレ・アガシでした。
 
さて自己肯定感が低めの人は、「もらう」のが苦手です。
 
苦手だから、「もらってばかりだと悪い」とも感じます。
 
「お返ししなきゃマズい」気がします。
 
無論「自分なんかに」という感じ方があるからだし、「悪いマズい」という評価が自己否定的です。
 
もらうとしても、「もらってばかりでは悪いから、お返ししなきゃ」という感じ方になり、素直(素のまま真っ直ぐ)に喜べなかったりします
 
あるいは不相応に「過ぎるお返し」をしたりしがちです。

「悪いから」という感じ方は謙遜のようでいて、その本質は「罪悪感」です。
 

▶自己肯定感が低いと「受取拒否」が発動する


謙遜や遠慮というと、美徳で聞こえはいいかもしれないけれど、それが度を過ぎると罪悪感を覚えて自己肯定感を損ねます。
 
ややもすれば自己肯定感が低めの人は、「お返しするのがためらわれるから、もらわないでおこう」などと、「受取拒否」しがちです。
 
「お返ししないと悪い」と感じるのはもちろん罪悪感ですし、あまつさえ「お返ししないと相手は機嫌を損ねる」などと思うならば、相手に対するディスリスペクト。
 
相手が喜んでプレゼントしてくれるとは、感じることができないのですね。
 
たとえば親を本当にリスペクトしていれば、贈り物をもらったからといって「見返りを期待されている」という感じ方にはならないでしょう。
 
「相手はお返しを期待しているに違いない」などという感じ方になるとすれば、心が疲れている証拠
 
「他者否定=自己否定」の相関ですから、自己肯定感は失墜します。
 

▶「嫌われる勇気」を発動してみたけれど……。「順序」が大事

 
だからといって、プレゼントを遠慮なくもらってばかりいれば自己肯定感が高まるかというと、そういう話ではありません。
 
それだとやはり「こんなにもらってしまって、お返ししなければ」という罪悪感が、むしろ強まるでしょう。
 
こちらで紹介した「嫌われる勇気」と同じ話です。
 
自己肯定感を高めるために、嫌われても構わないからといってわがままに振る舞うと、「どう思われただろうか」などと不安感が増して余計に人目が気になります
 
ところが自己肯定感が高まると、遠慮なく受け取れるし、嫌われても構わなくなる「嫌われないほうがいい」もジャッジメント)。

この「順序」が大事です。

▶「嫌なことはやらなくていい」けれど……


「好きなことをやればいい」「言いたいことを言おう」「嫌なことはやらなくていい」「勇気を出して断りなさい」など、自己啓発ではよく言われます。
 
それらもやはり、ベースである自己肯定感が高まってから
 
先に自己肯定です。
 
そうすれば、一切のためらいも罪悪感もなく、好きなことをやり、言いたいことが言え、嫌なことはやりません。
 
先に「罪悪感なんて気にしない」などと思ってみても、ほとんど無力でしょう。
 
言いたいことを言うから、自己肯定感が高まるのではなくて、自己肯定感が高まると、言いたいことが言えるのです。
 

▶「仕事があるから」は免罪符ではない

 
人付き合いは大切だからといって、気が乗らないのに、人に付き合ったり付き合わせたりするのは、自他に対するディスリスペクト。
 
ですから、自他をリスペクトする最善の断り方は、本当ならまだしも「仕事があるから」などの見え透いた言い訳ではなくて、「今日は気が乗らないからまた誘ってね」になると私は思います。
 
しかし、これも言葉だけ真似して言ってもやはり裏目で、自己肯定感が高まった結果、自然と「今日は気が乗らないから」が出てくるようになる「順序が大事」です。

長くなるので、次回に続きます。

即効テニス上達のコツ TENNIS ZERO
(テニスゼロ)
https://note.com/tenniszero

無料メール相談、お問合せ、ご意見、お悩み等は
こちらまで
tenniszero.note@gmail.com

スポーツ教育にはびこる「フォーム指導」のあり方を是正し、「イメージ」と「集中力」を以ってドラマチックな上達を図る情報提供。従来のウェブ版を改め、最新の研究成果を大幅に加筆した「note版アップデートエディション」です 。https://twitter.com/tenniszero