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シン映画日記『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』

角川シネマ有楽町にてドキュメンタリー映画『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』を見てきた。

1967年の建国記念の日初適用日(1967年2月11日)の二日前に行った「日の丸」の日本国旗に対する街頭インタビューのみ(表向きは)で構成されTBSのドキュメンタリー番組「現代の主役 日の丸」。番組の構成担当は当時「天井棧敷」を主宰していた寺山修司氏で、TBS史上一番問題となったドキュメンタリーを2022年1月にTBSのドラマ制作出身の佐井大紀氏が質問内容を同じく街頭インタビューとTwitterでの質問状でやってみて、二つの時代と日本、日本人を見つめる。

東京オリンピックの3年後で、大阪で開催された日本万国博覧会の3年前に作られた1967年版「日の丸」しかり、寺山修司没後40周年にして東京オリンピック2020の2年後で、大阪万博の2年前に公開することになった今回の『日の丸~寺山修司40年目の挑発~』。見る前は概ね「今の人の方が漠然として、トンチンカンな答えを言うかな?」と思いきや、基本的には主にインタビューにしっかりと答えた人を使っているので、どちらも老若男女問わず、「日の丸」に対して雄弁に答えている。
むしろ、現代の方がわりとしっかりと答えている印象を持ったが、
よく考えてみると昭和の、ようやく一家に一台テレビがあって、やっとカラーテレビになるかならないかの時代と
テレビがあって当たり前どころか、写真慣れしている現代と比べてしまうと、昭和版の方が若干のハンデを感じるが、その分ナチュラルだったかなとも思える。

前半はほとんど街頭インタビューと現代版の独自人選の人物に対するインタビューで構成しているので、
途中までは「ん?映画のタイトルに寺山修司はいらないんじゃないかな?」とも思ったが、中盤以降はいっぱい出たので安心した。
いや、むしろ最初から出さずに、佐井監督による制作をあくまでも中心としたことで、後から思えば「寺山修司におんぶに抱っこ」ではなかった点は非常に好感が持て、尚且つ寺山修司氏をしっかりとリスペクト。

後半になり、このドキュメンタリーの意図が分かるがここで見方が変わり、感心する方が多いと思う。
この二つのドキュメンタリーは雄弁な者より、雄弁ではなかった者に真実があり、意味が非常に大きかった。つまり、寺山修司氏と佐井監督による人間観察、時代と日本に対する考察に真骨頂がある。

佐井監督の上手さは、寺山修司構成による「日の丸」をあらゆる角度から検証している。
それは同じ年に放映された特撮番組「ウルトラセブン」の某回にスポットをあてたり、「日の丸」の前年に放映された同じ手法の寺山修司構成のドキュメンタリー番組「あなたは……」から検証したり、この番組でインタビュアーをしていた者にインタビューをしたりして
ドキュメンタリー番組「日の丸」を浮かび上がらせている。

1967年2月と2022年1月というこの二つの時期の映画では語られないバックグラウンドも重要である。
まず1967年2月だが、その前の月に寺山修司氏は「天井桟敷」を結成し、4月に草月アートセンターで旗揚げ公演『青森県のせむし男』を上演している。
さらにはこの「日の丸」の流れから10月に放映されたドキュメンタリー番組「ハノイ―田英夫の証言」、TBS成田事件があり、そこからテレビマンユニオン設立と展開する。「あなたは……」と「日の丸」はまさにその初めの一歩になる。
さらに言えばディレクター:萩元晴彦、構成:寺山修司を追うと、
1964年放映の「サラブレッド・我が愛」、「中西太 背番号6」があるが、
この辺りは既に2013年10月27に早稲田大学大隈記念講堂大講堂で行われた「いまだ知られざる寺山修司―ドキュメンタリーとフィクションのはざまから」で取り上げているから
今回は1967年版「日の丸」に絞ったのであろう。

2022年1月というのも
北京冬季オリンピックの直前で、
ロシアによるウクライナ侵攻前でもあり、
そしてその後安倍元首相暗殺事件があった、
そういう年の始まりである。

しかしながら、時代や制作者周辺のバックボーンを深追いするとどうしても1967年に偏り、2022年が薄くなりかねないから、
今回のは今回ので良かったかな。
それ以上、寺山修司氏やTBSドキュメンタリー作品を知りたければ映画を見た各々が追えばいい。
そのきっかけを作ってくれるドキュメンタリー映画である。


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