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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第30話

駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第30話

「まあ、あくまで気配だが」

 隻腕の男が軽くため息をつく。

「だから、お前達はお前達で先へ行け」
 そう告げ、相変わらず少女に話しかける男と、その隣に座る蛙男へ、隻腕の男が熱のこもった視線を送る。
「そう、俺達でなくてもいい。
 誰かが、この記述を超える可能性を見出してくれるなら」
 そう言うと、隻腕の男が六万の軍勢に向く。
 片手を挙げ、腹の底から響く声で言う。
「これより、物語の根源へ進軍

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第29話

駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第29話

「ところで、お前達は俺達のようだが」

 隻腕の男が、最初に現れた男の方に向き合う。

「察するところ、物語の穴による移動は備えていないようだが、どうやってここへ」
「ああ、俺達は、鰐の怪人の口の中に飛び込んだんだ。
 本来なら食われるしかないところだが、何をどう間違えたかここへ来た。
 そのあと鰐の怪人が現れた様子をみると、どうやら奴の口が物語の穴を担っていたようだ。
 奴はおそらく自らを食らう

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第28話

駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第28話

【前回の話】
第27話https://note.com/teepei/n/n55ceb982eacc

              ***

 続々と穴が開き、人影が現れる。

 留まるところを知らず、隻腕の男を始めとした群衆を形成してゆく。
 その人影は、男と蛙男と女性の組み合わせの集合だった。
 それぞれが近い容貌でありながら、そのために相違のいびつさが際だっても見える。
「なかなかの壮観です

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第27話

【前回の話】
第26話 https://note.com/teepei/n/n0690ebb2ccbb

「やっぱり分かりません。そもそも魔王さんの理解が深すぎませんか」
 虚ろな表情を隠さず、Aが魔王に愚痴をこぼす。
「丸一日ありましたからね、色々考察を進めるには十分すぎる時間です」
 そうですか、とAの諦めにも似た響きがため息に混じる。

 そしてふと、ある科白を思いだす。

「別れの時、って

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第26話

「そこから先は、私が説明します」
 と魔王。
「Bさんは決して騙していたわけではありません。物語を管理するための、登場人物型エージェントです」
「より分からないのですが」
「物語を内側から管理するために、便宜的に登場人物としての外形を持ち合わせた、いわば物語の一部とも、そのものとも言えます」
 魔王の説明を聞くほど藪に踏み込むようで、Aは見失う一方だった。
「そうですか…その辺りはやはり分かりませ

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第25話

驚くほど穏やかな草原。確かに屋敷の背後にあった山は抉れ、色々散らかってはいる。しかし意外にも自然のほとんどが形を残し、あの騒動を飲み込んでしまったかのようだった。   

ただ一つ違和感があるとすれば、亀裂だった。

「あれは」
とA。
「ええ、亀裂ですね。巨人の拳が衝突した時に入りました」
「どうなっているんですか、あれは」
「さあ」
 と魔王は、そもそも説明責任は自分にないと言わんばかりに放り

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第24話

【前回の話】
第23話 https://note.com/teepei/n/nac66892f6e15

***

 いつか、こんな物語を書きたい。

 作者が、我が主がそう言って、私は生まれた。
 私は物語で、まだ始まっていない。
 しかし私は、我が主の思いを受けて生まれたのだった。

 我が主は物語が好きで、あらゆる物語を読んでは心をときめかせ、その思いを私に注いだ。
 私はその愛情を十分に浴

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第23話

【前回の話】
第22話 https://note.com/teepei/n/n3dc918df07d7

 巨人同士の拮抗が崩れた。

 掴み合いを弾いたBが、相手に右拳の一撃を入れたのだ。
 後ろへ吹き飛んだ屋敷の巨人が、その身を起こそうとゆっくり動き始める。倒れていた場所には山があったはずで、それはA達が越えてきたものだった。起こされた上半身へ目掛け、巨人Bが拳を振り下ろす。挙動のすべてに強大

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第22話

【前回の話】
第21話 https://note.com/teepei/n/n3a2cc05f1d53

「結局、彼は誰なんですか」
 何となく残ったAが魔王に問う。
「物語そのもの、言うなれば物語性です」
 なるほどぉ、と、これも何とはなしに残っていたBが中身のない相槌を打つ。
「物語から避難する我々を取り込みに来た、別の物語とも言うべきですか。我々に犯人を導かせ、物語に取り込むつもりだったので

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第21話

【前回の話】
第20話 https://note.com/teepei/n/n767e95f4bfe8

「まず二階で斃れている被害者について、彼がいったい誰なのか」
「誰も何も、さっきあなたが皆からひと通り聞いて回っていたではないか」
 陰湿な視線の紳士が声を上げる。
「そうですね。その結果、得られた答えは皆同じでした。学生時代に知り合ったようだがはっきりしない、と」
「それがどうした、何が悪い

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第20話

【前回の話】
第19話 https://note.com/teepei/n/nc65ee7e579d0 

 一応の型通りで、現場検証のような所作を踏まえて食堂に戻る。
「俺達は、もう解放されるのか」
 開口一番、望月の自由を求める声が大きく通る。
「申し訳ありません、もう少しだけお付き合いください」
 Bから進行役を引き継いだ魔王が、望月に丁寧な延長を申し出る。顎髭を擦り、ほほう、と魔王の巨躯を

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第19話

【前回の話】
第18話 https://note.com/teepei/n/n456725bd5d21

「ちょっと、随分と遅いんじゃなくて」
 落ち着いた深い赤の洋装を身に纏い、悪態をつくその女性はテーブルの遠い位置につく。
「タマヲ、やめないか」
 向かいに座ったシャツと白麻ズボンの男性が諫める。
「同じ村とされているとはいえ、遠いところよくお越しいただきました」
 男が改めて、丁寧な歓迎を示

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第18話

【前回の話】
第17話 https://note.com/teepei/n/nc2fa2dd52172

 殺人が起きている割に村は穏やかであり、魔王の異形が耳目を集めてしまう懸念を抱くがそこまででもない。勇者を選ぶ行事に熱量を割いた分、他の出来事に気が回らないとでも言うが正解か、もっと言えば正式な承認を得られていない出来事に世界が付いてきていない。そんなものをどう扱えばいいのか、Aと魔王は村に来

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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第17話

【前回の話】
第16話 https://note.com/teepei/n/n7988f16512d8

 自ら作り上げた椅子に座り、魔王は畑を眺めている。男は家の中から顔を出し、しばらく見守る。思案深げなその様子は、畑に植えた植物達に思いを馳せたものなのだろうか。牧歌的な空気が流れる中、均衡を打ち破ったのは予想外の方向から現れた侵入者だった。
「よう」
 と、その侵入者は男に手を挙げた。
 おう

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