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  • 冬日(とうじつ)

    常識の違う世界で生きる人々の話です。

  • 禁句

    クリスマスの雰囲気に馴染めない人間達の話です。

  • 誰しもが持ちうる夏の日の心象風景。しかしある者には罪の記憶であり、その果てには人工知能との戦いが待ち受ける―

  • ノッキン・オン・ヘブンズドア

    ある映画に影響を受け、書きました。

  • 駆け抜ける狂騒と一条の郷愁

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四月の怪物

 四月には怪物がいると言い、しかしその実態はだれも知らない。  『四月』に『いる』とはどことなく時空を捻じ伏せるような響きを含み、そもそも誰が言い出したんだと問い質してみても埒は開かず、ひとまずはここから始めてみるしかないのだろう。  さて、四月と言って怪物と言うからには、何かしら四月に所以のある何かしらが、どうにかするかされるかして異形化したものなのか。そんなものを想像してみる。  例えば桜。 こちらを異形とするのならば、桜を成す巨木がそのまま歩きだし、幹の真ん中あ

    • 冬日(とうじつ)第9話(最終話)

      【第1話はコチラから】 ふうん、と由紀は案外気のなさそうな返事をする。 「あれ、チョコ苦手だっけ」 「ううん、いや、チョコレートをあげる日って」 「そう、大昔の行事だよ」 ふうん、と、袋の中を暫し見つめる。 「悪くないわね」 気もそぞろな返事に山下は違和感を覚えつつも、由紀がそのまま風呂へと促す。 「お風呂はもう入ってるから。たぶん温度も大丈夫」 「そうか、ありがとう。そのチョコ、先に食べてなよ」 多分遠慮して山下を待つかもしれないから、とひとこと背中を押しておく。うん、と

      • 冬日(とうじつ)第8話

        【第1話はコチラから】 それは、この社会において言い憚ることであった。 それを打ち明けたのは、山下への信頼の証だと思っている。 だから他の人間に室田の思いを漏らしたことはない。 しかし。 この社会構図の中で、今さらその点を覆すことはおよそ無理だろう。 そうは思いながら、室田の人道観には感心していて、やはり上司で良かったとも思う。 自壊については、適応検査そのものの信頼性が揺らいでいる可能性を指摘していた。 検査が形骸化し、微かに残る自我を炙り出せていない。 もしくは、と

        • 冬日(とうじつ)第7話

          【第1話はコチラから】 覚悟を決めるのに時間が掛かったのも事実だが、医師の厚意に甘え続けるわけにもいかない。 その日は晴れ上がっていて、広場には一面の雪が広がっていた。 開放的な空気を求め、彼女に広場へ出ることを提案した。 彼女は喜び、患者用の着衣のまま軍支給のダウンを着こむ。 きれいな青空だね、と彼女は言う。 同意して、それでも上の空だったのかもしれない。 彼女は気付かないのか、気付かない振りをしているのか、空を仰ぎ見ている。 それで、と彼女が続ける。 記憶が

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        四月の怪物

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        • 冬日(とうじつ)
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          冬日(とうじつ)第6話

          【第1話はコチラから】 二名だけでなく、今や部下にも何が起きたのか分かっていた。 彼女は泣いている。 しかし、理解はそこまでだった。 やがて、地の底から這い上がるようにして聞こえてくるものがあった。 くつくつと、彼女は笑っていたのだ。 部下が横顔を覗き込むと、女と同じような虚ろな目をしていた、と言う。 その目から大粒の涙をこぼし、肩を揺らしながら笑い出していた。 危険を肌で感じる。 次の瞬間、彼女は叫びながら空を仰いだ。 それから彼女が部下に銃を向ける。 そ

          冬日(とうじつ)第6話

          冬日(とうじつ)第5話

          【第1話はコチラから】 だっていいじゃん、思いを託して贈り物をするなんて。 予感が脳裏を過る。 苦悩する人間の傾向として、人間性を求めるために一時的な感情過多に陥る。 彼女がそれに該当するなんて考えたくなかった。 俺の口にチョコレートを放る。 解放された香りが鼻腔を満たす。 それにチョコレートが好きだしね。 そういう彼女が口を重ね、ほどけ出したチョコレートを求めてくる。 絡みつく甘さの先に、彼女の生々しい匂いが迫る。 あとは疼きに身を任せるだけだった。 しかし彼女の

          冬日(とうじつ)第5話

          冬日(とうじつ)第4話

          【第1話はコチラから】 統治下に置いたはずのヲ地区が、増加率を管理できないままだった。 そのため、ヲ地区以降は如何を問わず捕獲後に廃棄、という命令が下っている。 その命を負うこの部隊は、少しずつだが確実に憔悴している。 戦争下とも言えない一方的な抑圧の中で、廃棄される彼等はどう見ても人間だ。 最初の内は無視できても、その事実は嫌でも目に付く。 割り切れる者もいたが、もはや彼我の別がつかずに苦悩している者が大半だった。 そうした中、彼女もまた共感を抑えきれなくなってい

          冬日(とうじつ)第4話

          冬日(とうじつ)第3話

          【第1話はコチラから】 「考えすぎですよ。室田さんは苦労性だからなあ」 憐れむような山下の声に、今度は室田が苦笑いを見せる。 「ほっとけよ」 「これでも心配してるんですよ、根詰めすぎも良くないですからね。  どうです、気分転換に今日あたり」 「なにが心配だ、飲みに誘う口実だろ」 「そんなことないですって」 「まあいい、しばらく飲みに行ってないからな、久々に行くか」 「さすが話の分かる人は違う」 「うるさい、資料用意しろ」 「了解です」 やれやれ、と頭を振り、窓の外を見遣る。

          冬日(とうじつ)第3話

          冬日(とうじつ)第2話

          【第1話はコチラから】 「正規登録の信憑性なんて、今更悪い冗談くらいにしか聞こえないぜ」 「確かに」 と、山下が鼻で笑い飛ばしながら苦笑いを混ぜる。 「でも、そのお陰で取引がまとまりました」 「調整廃棄を引き取ったって言ってもタダじゃないだろ」 「ええ、それでも対価は市場価格の五十分の一です。損害賠償から比べれば蚤の毛ほどの損失ですよ」 「損失には変わらんからな」 「しかし全てを管理下に置けるなんて、それこそ幻想に過ぎないはずでは」 いたずらっぽい笑みを含み、山下が見返して

          冬日(とうじつ)第2話

          冬日(とうじつ)第1話

            残酷なほどに青い空。  凍てつく空気。  容赦なく刺さる日の光。  目を潰すほどに眩い、一面の白。憶えているだろうか、あの光景を。  そして私は、今でもあの光景の中にいる。 *** 「それじゃあこの内容で先方に投げてみて」  確認した書類を部下に渡し、仕事を先へ促す。  それから再びデスクトップに目を落とした。  途切れた意識をつなぎ直し、室田は報告書の作成に勤しむ。  仕事を始めた頃は忙殺され、その渦中に埋もれていた。  もがくほど嵌っていく泥沼に、しばらくして後輩

          冬日(とうじつ)第1話

          禁句 第24話(最終話)

          【第1話はコチラから】  詰め寄る阿倍に、武井がため息をつく。 「してませんよ」 「本当かよ」 「そっちこそどうなんですか、本当は口にしたんじゃないんですか」 「馬鹿言えよ。  俺はな、お前と別れたあとも、律儀に約束守ってたんだぞ」 「本当ですか」 「本当だよ。  嘘だと思うなら、その男に聞いてみなよ」  なあ、と阿倍は男を振り向く。  ああ、と応じる男を見て、満足そうに前へ向き直る。 「ほらな」  と、最初の坂道に差し掛かろうとしたときだった。 「おい

          禁句 第24話(最終話)

          禁句 第23話

          【第1話はコチラから】 *** 「なんで手袋をしてなかったんですか」  少女の家をあとにして、武井はすぐに広場へやってきた。  そこには着替えている最中の男と、バイト青年がいた。  その男が、少女からもらった手袋をつけているのを見て、それとなく武井が尋ねてみたのだった。  ああ、と男はつけた手袋をしげしげと眺めている。  無論五百円で買える代物ではなく、武井が出資したものではあったが、そんなことは考えるのも野暮だな、と心の中で苦笑する。 「娘に会うには相応しい手

          禁句 第23話

          禁句 第22話

          【第1話はコチラから】 ***  林が途切れて芝生が広がり、広場の向こうに夜景が広がる。その夜景を背に、確かに人影があった。 「ほら」  と武井が促す。  少女はしばらく応じず、頑なに俯いていた。  それでも希望を持ちたい気持ちが勝ったようで、次第に頭が上がってくる。  その目に、人影を捉えたようだった。 「行ってみようか」  立ち止まっていた足を、再び進める。  芝生を踏みしめ、次第に近づいてゆく。  確かにそれは、サンタクロースの格好をしていた。  さら

          禁句 第22話

          禁句 第21話

          【第1話はコチラから】  それから、視線を再び足元へ落とした。  何度も言わせるなよ、という含みを感じ、武井は苦笑いする。 「そうだよな、そう言ってたよな」  それから坂道の先へ視線をやり、武井は続けた。 「俺もね、そう思ってたんだ」  かつて父親と歩いた光景を、悲しみを浮かべた表情を、まざまざと思い浮かべる。 「俺も、そんな風に言って、お父さんを悲しませたことがあるんだ」  少女の視線が、再び武井を見上げる。 「そう、悲しい顔してたよ」  武井が少女を見

          禁句 第21話

          禁句 第20話

          【第1話はコチラから】  電話の向こうは、紛れもない武井の声だった。 「どうしたよ、ん、今か。  いや、ほら、あの広場あるだろ、富士見が丘の。  そう、景色のいい、そう、そこにいるよ。  どうしたんだ」  聞こえてくる武井の声は、いつもの落ち着きを取り戻していた。  先ほどの様子は、どこにも見られない。  心配することは、もうないようだった。 「え、ああ、いるよ、いる」  阿倍が男をチラッと見る。  それから携帯電話を男に差し出した。 「あんたに代われってよ。  

          禁句 第20話

          禁句 第19話

          【第1話はコチラから】 「賭け、って言ってたろ」  男が続ける。 「俺も、賭けをしてた。  あんたと、あんたの連れに会ったときから。  会いに行っていいわけないが、それでも一度くらいなら、って、割り切れないままこの街まで来て、とうとう自分では決められなくなっていた。  住所もあるが、どう行けばいいか分からない。  それで、あんた等に聞いて、分からなければ諦めようと、そう思ったんだ。  ところが、あんたは道案内を買って出てくれた。  許されるなんて、これっぽっちも

          禁句 第19話