駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第20話

【前回の話】
第19話 https://note.com/teepei/n/nc65ee7e579d0 

 一応の型通りで、現場検証のような所作を踏まえて食堂に戻る。
「俺達は、もう解放されるのか」
 開口一番、望月の自由を求める声が大きく通る。
「申し訳ありません、もう少しだけお付き合いください」
 Bから進行役を引き継いだ魔王が、望月に丁寧な延長を申し出る。顎髭を擦り、ほほう、と魔王の巨躯を眺めまわす。

 こいつ、こればっかだな。

「今回、被害に遭われた、仮にCさんとして、一番懇意にしていたのは」
「私、でしょうか」
 おずおずとカヅマが手を上げる。なるほど、と魔王が次に話の接ぎ穂を振ったのは望月だった。
「望月さんは、Cさんとどれくらい面識がありましたか」
 話を振られた望月が、むうう、と考えこむ素振りを見せる。
「確かカヅマと同じ、初見は学生の頃であったか。しかしそれほど親しいわけではない」
 なるほど、と魔王は考え込む様子もない。
「他の皆さんは」
 と話を振ってみるも、大体は望月と同じでぼんやりとしている。
「そうですか。それでは、Cさんのご遺体を最初に発見したのはどなたでしょう」
 誰という宛てもない魔王の問いかけは、ひとまずカヅマへ投げかけられる。
「ヤヱという、うちの女中です」
「そのお方を呼んでいただけますか」
 そうして呼び出されたヤヱは、忙しなく周囲に目を配りつつ立ち尽くした。
「あの、私、何か」
 挙動の安定しないヤヱを目の前に、魔王の物腰はこれまでにないほど柔らかい。
「あなたが、亡くなられたCさんを見つけられた時のお話をお伺いしてもよいでしょうか」
 いくら柔らかくてもその外見では、と懸念するAをよそに、ヤヱはぽつぽつと語りだす。
「私、あの方にコーヒーをお持ちしたんです。扉をノックして、返事はなかったのですが、先ほど頼まれたものをお持ちしたのですし、そのままお部屋に入らせていただきました。そしたら…」
 とそこで、ヤヱの身体がわなわなと震えだす。そうですか、と魔王が腕を組み、片手に顎を据える。
「ヤヱさん、大丈夫ですか」
 ここでも魔王は外見にそぐわぬ気遣いを見せ、はい、とヤヱは震えを収めていく。
「少し事件から離れましょう。あなたの、お屋敷での普段のお仕事は何ですか」
「はい、お屋敷の家事、炊事、雑務全般です」
「具体的には」
「ええと、料理を作る下ごしらえやお手伝い、買い出し、お屋敷のお掃除、それから、お洗濯、お風呂掃除してお風呂を沸かして…」
 指折り数え、普段行う仕事を改めて検分してゆく。えっと、と言葉に詰まり、折り畳まれない指が、再び震えを伴ってゆく。
「どうして、こんなこと、私、疑われて」
 詰まった言葉の代わりに、疑念が口を突いて出る。
「いえ、あなたを疑っていません。というより、私はここにいる誰もが疑うに価しないと考えています」
「何故」
 意外な方向から鋭い口調が飛ぶ。それはカヅマであるが、目に不穏な輝きを伴う。
「おやめなさい」
 魔王がカヅマを言葉で制したようだが、何を制したのかAには皆目見当がつかない。
「ヤヱさんは目撃者に仕立てられただけです。立場上、設定の緩い彼女であれば、目撃者に仕立てるのは容易い。その畳まれない指が、彼女の選ばれた理由を指し示しています」
 魔王は優しくヤヱの肩を叩き、ありがとう、もう行って大丈夫です、と務めからの解放を促す。安堵と共にそそくさと退出したヤヱの後、残された一堂には未だ腑に落ちない空気が漂う。
「それでは皆さん、改めてご説明しましょう」
 テーブルに座る一堂に対し、魔王が改めて向き合う。
(続く)

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