駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第19話

【前回の話】
第18話 https://note.com/teepei/n/n456725bd5d21


「ちょっと、随分と遅いんじゃなくて」
 落ち着いた深い赤の洋装を身に纏い、悪態をつくその女性はテーブルの遠い位置につく。
「タマヲ、やめないか」
 向かいに座ったシャツと白麻ズボンの男性が諫める。
「同じ村とされているとはいえ、遠いところよくお越しいただきました」
 男が改めて、丁寧な歓迎を示す。
「いえいえ、こちらも実際遅くなりまして。それにしても賑やかな人数ですが、何か催し事ですか」
「いや、ひと夏の避暑として、屋敷にご滞在頂いていまして」
「それにしても何だね、いつまでも食堂に閉じ込められてちゃァ気持ちがくさくさしてかなわん」
 大柄で和装の男性が、蓄えた顎髭を弄りながら唸りを上げる。
「あちらは」
「彼は旧知の仲でしてね、私が学業で都会に出ていた頃の知り合いで、小説家の望月オウジンです」
「あんた、私のことは知らんのかね」
 と横柄さを隠しもせず、 Bに尋ねる。
「いやあ申し訳ありません、世事には疎いもので」
「カヅマ、お前の呼んだ御仁、なかなかのタマだな。私を前に私のことを知らないなどとのたまえる奴はそういないぜ」
 皮肉にも聞こえ、実はそのまま賞賛の意かも知れず、いずれにしろBの笑みには翳も高揚も表れない。その泰然とした様子に、ほほう、と望月はなぜか満足げに顎髭を擦る。もちろんBは驚異的に無頓着なだけなのだが、望月の振る舞いに、これは奇人と言った類だろうかとAは思い至る。外見の注目度で言えば魔王が上であるものの、Bにあっさり紹介されて以降は触れられない。

 カヅマの隣には、きらびやかな洋装に身を包む女性がいる。カヅマを挟んでもう一方に小柄で背が異常に丸まった男。その隣で仕立ての良いスーツを着こなした、一見紳士風な男は、視線の奥にこもる陰湿さでこちらの様子を窺っている。他にも身ぎれいな服装ながら妖しさを漂わせた女性、容貌が異常なまでに抜きんでた女性、文士然としたスーツの男性、ギラギラとした衝動を知性で飛躍させたような男等、つまりは奇人といった類の集まりであることを思い知る。
「それで、皆さんは、事件が起きてからずっとここに」
「ええ、屋敷の中を無闇に荒らしてはいけないと思いまして」
「それは素晴らしい判断だ、なかなかできることではない」
 いや、と謙遜するカヅマだが、Bにしても本職ではない。白々しさを通り越して堂々たるBに、ほほう、とまたも望月が顎髭を擦る。

 Bの奴、得する性格だよな。

 そんなBを眺めながら、物語のはずれで途方に暮れていたA自身が馬鹿馬鹿しく思える。
「それでは現場の方へご案内します」
 カヅマが先立ち、食堂の扉を開けた。

 広間から二階へ上がり、二つ目の扉に案内される。
 広めの客室には脇に寝台が置かれ、奥には大きな窓のもとに据えられた小型のライティングビューローがあった。その手前でうつぶせに倒れている人物が、今回の被害者ということだろう。しかしこれは。
「なるほど、こちらの方が被害者ですねえ」
 泰然というよりも、もはや間延びして響くBの声に微塵の惑いも見えない。一方、魔王の様子にはAと同様の違和感を捉えた様子がある。
「これって」
 Aが魔王に働きかける。
「ええ、そうですね、あなたですね」
 魔王が答える。覚えた違和感に間違いはなく、やはりBにこの役割は向かない。
「こちらの、亡くなられた方のお名前は」
 ここでようやく魔王が進行役を引き継ぐ。自然に役割を引いたBだが、泰然とした笑みに安堵の欠片が見える。カヅマもあっさり役割変更の事実を受け容れ、魔王の問いに微塵の惑いも見せず言い放った。
「ありません」
(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?