駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第25話

驚くほど穏やかな草原。確かに屋敷の背後にあった山は抉れ、色々散らかってはいる。しかし意外にも自然のほとんどが形を残し、あの騒動を飲み込んでしまったかのようだった。   

ただ一つ違和感があるとすれば、亀裂だった。

「あれは」
とA。
「ええ、亀裂ですね。巨人の拳が衝突した時に入りました」
「どうなっているんですか、あれは」
「さあ」
 と魔王は、そもそも説明責任は自分にないと言わんばかりに放り投げる。
 それならば仕方がないので、Aは自ら観察することにした。

 すぐそばまで近寄ることはできた。黒い亀裂で、空中に裂け目を入れている。その下端はAの眼前の高さまで降りてきていて、周りを歩きながらまじまじと観察する。さすがに触れることは憚られ、見ること以上に何もできないと悟ったAは、一旦魔王たちのもとに戻る。
「もうどれくらい、今のままなんですか」
「かれこれ一日くらいですか」
 そう答える魔王に微塵の焦りも見えず、一日足止めを喰らっていた事実はどことなくぼやけている。
「移動しないんですか」
「まあ、ここがおそらく、あの三人の指示した場所でしょうから」
 そういえば、とAは気を失う前に聞いた科白を思い出す。そしてさらに、誰かとBが何か話していた光景なのか、いや、もっと抽象された何かしらのやり取りがあったように思え、Bとカヅマを改めて見遣る。
「そもそも何でお前が巨大化したんだ」
 とBに尋ねるも、Bは笑顔以上の何ものも示さない。目の前にBはいて、しかしいるだけだ。違和感があり、それはBであることさえも疑わせる。
「話してあげたほうがいいんじゃないですか。そろそろ別れの時です」
 と魔王が促す。別れの時。唐突な科白に戸惑う間もなく、ようやくBが口を開く。
「私は、ただの登場人物Bではなかったんだ」
 安定の泰然とした笑みに、僅かな翳が走ったような気がした。受け入れる覚悟の必要を、Aは直感で理解する。
「私は、物語だ」
 Bから本来の笑顔は消え、えびす顔は弱々しい笑みにも見える。
「物語」
「そう、そこにいるカヅマさんに宿っていた、物語性と同等の存在だ」
「そうか。まあ、何というか、勿論理解なんて全然及ばないけれど、それは俺をずっと騙していた、ということか」
 その問いに、Bは答えず俯く。そして言葉は続かない。
「なんで黙っているんだ」
(続く)

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