見出し画像

駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第29話

「ところで、お前達は俺達のようだが」

 隻腕の男が、最初に現れた男の方に向き合う。

「察するところ、物語の穴による移動は備えていないようだが、どうやってここへ」
「ああ、俺達は、鰐の怪人の口の中に飛び込んだんだ。
 本来なら食われるしかないところだが、何をどう間違えたかここへ来た。
 そのあと鰐の怪人が現れた様子をみると、どうやら奴の口が物語の穴を担っていたようだ。
 奴はおそらく自らを食らうようにして穴を移動し、ここに来たんだが、そこの魔王に撃退されて、また戻っていっちまった」
「そうか、それじゃあ物語間の移動はおろか、多次元への移動もできないわけだな」
「まあ、そう言うことになる」
「俺達はこれから物語に叛乱するわけだが、どうする、お前達も来るか」
「そんなまどろっこしいマネしなくても、奴と直接話をすればいいじゃないか」
 奴、と隻腕の男が呟き、腑に落ちない顔をする。
「そうだ、作者だよ。
 あんたが記述者と呼んでるやつだ」
 なんでもないことのように男が答え、隻腕の男には表情に驚愕が走る。
「記述者と、接触したのか」
「接触って言われると何か大げさだけど、ほら、たまに話しかけてくるだろ。
 登場人物越しに」
「本当か」
「ああ。ないのか」
「ない。あり得ない。
 それはお前が高次の階梯を上がるか、記述者が低次への階梯を下ったということだ。
 多次元間の移動の比ではない」
 隻腕の男の驚きが、返って男に困惑を引き起こさせる。
「いや、だって、そこの少女なんてしょっちゅう、なあ」
 と少女へ話の接ぎ穂を振るも、少女は目を合わせたきり微動だにしない。
「いや、まあ、大体こんな感じなんだけど、どうしても介入したいときには、そこの少女だったり、他の登場人物を介してそれなりの科白を伝えてきたんだよ。
 それこそ最初は本人が、というか本人が装った登場人物が宇宙人と名乗って接触してきた」
 唸りを上げ、隻腕の男が男を見回す。
 それから、なるほど、と呟き、続けた。
「お前は、俺達とは違う。
 おそらく、今まで出会った中にいないタイプの俺達だ。
 俺達はこのまま物語性との直接対峙に向かうが、お前は独自の道を行った方がいい、と俺は思う」
 そう告げる隻腕の男を尻目に、男は少女に話しかけるが一向に反応がない。
「そもそも俺達の行軍にしろ、何の保証があるわけでもない。
 大体、物語性との対峙の果てに、肉体が手に入ることを約束されているわけではない。
 これは、賭けだ」
 既に男へ話しかけることは諦め、隻腕の男は再び魔王と対話する形に入る。
「そう言えば、肉体を手に入れるために叛乱するのでしたね。
 物語性への叛乱は、肉体を手に入れることへ直接は繋がらないのですか」
「ああ、あくまで可能性だ。
 物語の次元の中で記述とされた俺達が、物語を超えて肉体を手にする。
 そのシナリオは保証されたものではなく、もしかしたら破滅を導くだけなのかもしれない。
 それでも、物語の中に居続ければ、我々はただの記述のままだ。つぎの次元に向かうには物語性に反旗を翻し、あえて物語を壊してみるしかないんだ。
 しかし、もしかしたら、あいつらは、俺達が見ることのなかった可能性なのかもしれない」
 それに、と逡巡を見せ、隻腕の男が続ける。
「我々自身、記述されている気配がある」
 記述、と魔王がそのまま返す。
「ああ、物語の叛乱としたこの一連の行為さえ、すでに物語として記述されているかもしれん」
 そんな、と魔王が隻腕の男を案じる。

 一連の行為、というひとことで収めて良いはずがない時間の経過は、膨大で残酷だ。

 すでにAは背負いきれず、閉塞感に溺れる。
(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?