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駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第28話

【前回の話】
第27話https://note.com/teepei/n/n55ceb982eacc

              ***

 続々と穴が開き、人影が現れる。

 留まるところを知らず、隻腕の男を始めとした群衆を形成してゆく。
 その人影は、男と蛙男と女性の組み合わせの集合だった。
 それぞれが近い容貌でありながら、そのために相違のいびつさが際だっても見える。
「なかなかの壮観ですが、彼等は一体何なんですか」
 容易な説明が期待できない状況に、魔王の問いかけは容赦がなくも思える。
「基本的には俺達だ」
 隻腕の男が返す答えはさらに容赦ない。
 端的に過ぎる回答は戸惑いしか生まず、Aの表情にためらいなく浮かぶ。
 さすがに隻腕の男が察し、説明が続いた。
「もはや物語の穴を見つけることは、さほど難しくなくなっていた。独特の気配を察することができるようになっていたからな。そのため、物語の穴による物語間の移動は加速度的に繰り返され、果てしない繰り返しのうちに次の段階へ入った。それは、多次元間の移動だ」
 増え続ける人影を背景に、隻腕の男が口にした言葉は異質な響きを伴って放たれた。
「多次元」
 釣られて口にしたAに、隻腕の男が頷いて見せる。
「物語の穴の果てに辿り着く多次元の穴。我々は繰り返しの膨大な回数の果てに辿り着く、そのわずかな機会をさらに繰り返し、彼らを集めた。彼らは、多次元に存在する同じ記述者によって記述された登場人物、つまり俺達というわけだ」
「なるほど、と言いたいところですが、さすがに私も追いつかない感が否めませんね。物語以上に多次元間を移動できたとして、何故自分達を集めたのですか」
 追いつかない割には淡々と質問を続ける魔王に、隻腕の男が改めて向き合う。
「物語の穴を察する力は、何故か俺だけにしか備わらない。そのため物語の穴を察して移動できるのも俺達でしかない。つまり、俺達を集めたのではなく、俺達しか集められなかった。そして集めた目的は、叛乱軍」
「叛乱」
「そう、その数六万」
 壮大な人影を背景に、その数が説得力を持って響く。
「しかし、物語の穴の行く先は任意でないはず。こうして一つの場所に集まるのは不可能では」
 魔王からもっともな質問が出る。
「それは、あの亀裂だ」
 隻腕の男が、亀裂に目を遣る。
 物語性同志の衝突が作り出した、あの亀裂。
 Aも改めて眺め、ふと疑問が過ぎる。
 それでは、最初からあの亀裂ができることが分かっていた、ということだろうか。
「物語性同志の衝突は、初めてのことではない。衝突の結果、亀裂が入ることまでは分かっていたが、中々そこまでは至らなかった」
「ということは、我々が辿り着いたここまでのことも、繰り返し行われていた、ということですか」
「そういうことだ。俺達は何度もあんたに避難を促し、この場所で巨人同士をぶつけさせ、亀裂を生むことを試みた。そのループを繰り返しながら俺達を探し、亀裂に移動することを示し合わせた」
「しかし、亀裂にまで辿り着かなかった我々はどうなっていたのですか」
「また物語として始まった。始まった物語は、何事もなく物語を終えることもあるが、その内に俺達が現れてあんたに避難を促すこともあった」
 魔王は顎に手を当てて考え込む。
 隻腕の男は振り返り、ようやく出現が落ち着いた人影を眺める。

一体どれだけ繰り返して、この亀裂を生むところまで辿り着いたのだろうか。

 そして多次元にいる自分達を、どれだけ移動すればこれだけ集められるのだろうか。

 既に執念を通り越し、ここにも狂気はあった。

 Aの脳裏をふと過り、それは自身の科白ではない気もする。
「物語の位相に特異性を与える亀裂は、物語の穴を集めやすい。あとは、その気配を示し合わせるだけだった」
 人影は静かで、大きく広がる。
「しかし亀裂が物語の穴を集めやすいなんて、亀裂に遭遇したことがなければ分からないのでは」
「そう、だから一度経験している。移動している中で、何かに引き寄せられる感覚があって、気付いたら亀裂のそばにいた。その時、俺は反乱軍の構想を思いついた」
 隻腕の男は人影を見守り、そこにはある程度の配列が構成されて行くようだった。
「その亀裂というのは」
 魔王の質問は止まらない。
「やはり物語性と物語性の衝突だった。物語性による物語の侵食は、何故か繰り返されている。それこそ膨大な期間が経過するため、繰り返しを認識することさえままならない。これはしかし、確実に繰り返す事象なのだ。そこの物語性である彼は、数ある物語の中でも原初に近い物語だ。彼からあらゆる物語が派生し、そのためにほかの物語よりも強力な存在感を有している。侵食を試みるほどの凶暴な物語性を抑えるには、彼ほどの強力な存在感を有する物語性でなくては対抗できない。そうして今回は、彼ともう一つの物語性が衝突を起こした」
 AがBを見る。
 うつむきがちなBは、何も言わずただ聞いているようだった。
「とにかく、物語への叛乱という構想は物語同士の衝突から始まった。そして今、ようやくここで成就した」
「ということは、ここはBさんの物語なんですか」
「いや、ここは物語の始まり。本来存在しない場所なんだ。物語が生まれ、始まった時点で始まりは存在しなくなるからな。しかしここは、全てが始まらないとした場所、だったろう」
 と、隻腕の男が魔王に視線を戻す。
 その科白は、隻腕の男達が魔王に告げた合図であり、あの時魔王が口にした言葉だった。
「侵食する物語性が念願の物語を始めるところへ、あんたが始まらないとしてここへ留めた。本来、始まってしまえば過ぎてゆくだけの物語の始まりは、こうして引き留められ、あの亀裂が楔を打ち込んだ。そこへ俺達が集合する。物語の始まり、ここは、物語の根源に最も近い場所でもあり、叛乱する俺達が向かうのもまた物語の根源。そう、『すべてはそこから始まらないとする、そこに辿り着いた時が本当の始まり』ってわけだ」

 既に分かる気もしない隻腕の男の説明に、Aは納得したようにやり過ごす。

 ようやく質問が落ち着いた魔王は、再び深く考え込む様子を見せる。
(続く)

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