駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第22話

【前回の話】
第21話 https://note.com/teepei/n/n3a2cc05f1d53

「結局、彼は誰なんですか」
 何となく残ったAが魔王に問う。
「物語そのもの、言うなれば物語性です」
 なるほどぉ、と、これも何とはなしに残っていたBが中身のない相槌を打つ。
「物語から避難する我々を取り込みに来た、別の物語とも言うべきですか。我々に犯人を導かせ、物語に取り込むつもりだったのでしょう。だが我々の進行がわずかに先を行った。追いつかなかった殺人事件の結果が、あのご遺体です。目撃証言にも犯行を組み込むほどの構成を与えられず、結果として犯人という存在を封じました」
 魔王の解説をよそに、既にカヅマはカヅマを超え、怒髪天を衝き、白ワイシャツと白麻ズボンをちぎりとばしながら何かが迸る。
「あれと、戦うのですか」
 迸る何かは明らかに人智を超えている。汎用型登場人物のA程度では瞬時に粉微塵となる想像が容易い。
「そうですね、三人組の科白はそれを求めているはずです。しかしこのままでは確かに分が悪い。我々も建物の外に避難しましょう」
 と言い終わる間もなく、Aは魔王に抱えられ、視界が暗転する。気付くと芝生に転がり、迸る何かが建物へ集中していくのを眺めていた。
「あれ、どうなるんですかねえ」
 Bも隣にいて眺めているが、緊張感は微塵も感じられない。カヅマはまだ中にいるのだろうか。すぐにでも追ってきておかしくない剣幕だったが、建物に留まる意味についてAは図りかねた。魔王は腕を組みながら、成り行きを見守る。そして地響きが鳴り、建物が自らを大きく壊す。結局は自壊だったのかと結論付けるが、それは皮相しか捉えていない。再構築のための破壊。迸るものを纏い、粉塵に巨大な影が映し出される。風に拭われ、その容貌が露わになった。
「大きすぎる」
 思わずAの口から洩れる。
 屋敷の要素で再構築されたはずの巨人は、既に屋敷の質量を越えた巨体として出現した。
「あれと戦わなくては」
 魔王が見上げて言う。
「しかしいくら何でも、大きすぎます」
 その大きさのせいか、屋敷の巨人の動きに空気が揺れ、AとBは風に揉まれる中で立つこともままならない。さすがの魔王は立っているものの、巨人と対等に張り合えるとは思えなかった。その矢先、魔王が両腕を高々と掲げる。
「何を」
「魔法です」
 そう言えばあったな、と思いながら、見たことがあるのは竈の火を起こす程度だ。期待よりも不安が広がる。そんなAをよそに、掲げた両腕が呼んだのか、上空に強烈な炎の塊が膨張してゆく。閾値に達し、振り下ろした両腕が巨大な灼熱の塊と轟音を導いた。
 灼熱が巨人を捉える。
衝撃の余波がAの腹を打つ。恐ろしく重い。破壊力は、巨人の規模に十分対抗し得ると見えた。巨大な黒煙が収束してゆく。しかし現れた姿には、ダメージの通った様子は微塵も見られない。
「駄目ですね、通用しない」
「何故です」
「攻撃そのものが拒絶されています。そもそも物語性の彼とは、存在の次元が違うのでしょうか」
 巨人が咆哮を上げる。
さらに巻き起こる風が、Aの視界を奪おうとする。腕で風を防ぐ隙間から、大きく動き出す巨人の挙動を捉える。
「こちらも巨大化しますか」
 そう言う魔王が改めて天を仰ぎ、右手の人差し指を真っすぐ翳す。魔王を中心として、また作用の違う風がうごめく。雲が渦巻き、不穏な空気を稲光が割った。眩んだ目を伏せ、暫くAは動けない。瞳の落ち着きを取り戻し、ゆっくりと瞼を開ける。

 屋敷の巨人に対抗する位置で、もう一つ現れた大きな人影。

 巨人Bだった。

なんで、と言葉を発する間もなく、巨大な両者が両手で組み合う。途端に、突風が吹き抜けた。魔王の背後でマントを掴み、風がやむのを待つ。
「何でBなんですか」
「何でなんでしょう」
 珍しく魔王が要領を得ない。おそらく本人も、自分が巨大化するつもりだったのだろう。巨大な両者の掴み合いは、凄まじい力の作用で空間ごと軋ませるかのようだった。
「何でBさんなのか分かりませんが」
 と魔王。
「なかなか強いですよ、彼」
(続く)

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