駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第21話

【前回の話】
第20話 https://note.com/teepei/n/n767e95f4bfe8


「まず二階で斃れている被害者について、彼がいったい誰なのか」
「誰も何も、さっきあなたが皆からひと通り聞いて回っていたではないか」
 陰湿な視線の紳士が声を上げる。
「そうですね。その結果、得られた答えは皆同じでした。学生時代に知り合ったようだがはっきりしない、と」
「それがどうした、何が悪い」
 背むし男が続けて口を開く。カヅマだけがその様子を静かに見守る。
「別に悪くありません、それどころか先ほどから申し上げている通り、ここにいる誰もが悪くありません」
「だからそれでは辻褄が合わんじゃないか。それとも何か、こんな山深いところまで外部の者がやってきて、ひとりを殺して帰っていったとでもいうのか」
 望月が久々に口を挟んだ。
「それでも構いませんが、それには新たな辻褄が必要でしょう。場合によってはこの状況そのものが不要になり、全く違う物語となりかねない。今求められているのはこの状況、つまりこの物語で犯人を導き出すことなのです。もっと言えば、この物語が犯人を求めている」
 一同のどよめきをよそに、それくらいを受け容れる素地が己の中にできていたことをAは知る。
「二階で亡くなられている彼は、亡くなった事実だけが存在し、未だに人格を持ちません。それはおそらく、殺人事件を性急に求めたが故です。殺人が起こったという事実だけが先行してしまった」
 Aと遺体が瓜二つ、ということ。
 それは、最も簡易な汎用型登場人物に留まる、という事実。
 物語の干渉が及ばないこと、追いつかないことの差はあるが、干渉が同程度に儚い裏付けとも見える。そのうえ名前も持ないのであれば、遺体が未だに人格を持たないとする魔王の見解は妥当である。
 しかしAにとって、それは改めて残酷な事実を突き付けられることでもある。
「だが殺されていることには変わりはないだろう」
 カヅマがようやく口を開き、その響きには今までにない不遜さが含まれる。眼に宿す不穏な光は、もはや隠す気配もない。
「そう、物語は犯人を求め、犯人を導く役割を私に求めたつもりだった。実際、物語に乗って、じっくりと犯人を導くこともできたでしょう。しかし、私はしなかった。何故なら、脳裏にある科白が過ったからです」
 Aの神経に何かが触れる。ことが動く前兆に、Bへ視線を送る。例の泰然とした笑みばかりで、Bに期待はできそうにもない。
「『すべてはそこから始まらないとする、そこに辿り着いた時が本当の始まり』」
 それはかつて魔王から聞いた、三人組の残した指示の一部である。それだけでは意味が取れない文脈の矛盾が、この状況を捉えていく。
「そこ、とは、物語に乗らなかった私がいる、まさに今ここのことです。この殺人事件、つまり物語は始まらない。これは、これから先、全て敵対する物語性との戦いの始まりでもある」
「私が犯人だ」
 カヅマが立ち上がり、勢いをつけた椅子が後ろへ倒れる。カヅマの自白は怒号とも取れ、本来のカヅマを割り込む激情が走る。
「見苦しい」
 魔王がカヅマと対峙の向きを取る。
「もうあなたは犯人になれない」
 魔王が一喝する。場の急変は動揺を生み、一同がそれぞれ立ち上がる。
「どうなってるんだ」
 後ずさりながら、誰にともなく陰湿紳士が言葉を漏らす。
「大体犯人じゃないんだろう、なんであんなに怒るんだ」
「いや、自分では犯人と言っているが」
「それは怒るところなの」
「分からん」
「結局犯人は誰だったんだ」
 騒然とする一同が、カヅマと距離を取り始める。その間を魔王の左手が差し挟み、徐々に一同を背後へと回しながら言う。
「皆さん、建物の外へ避難してください」
 その科白をきっかけに、一同は総崩れとなり、建物外へと避難を開始する。
(続く)

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