駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第18話

【前回の話】
第17話 https://note.com/teepei/n/nc2fa2dd52172

 殺人が起きている割に村は穏やかであり、魔王の異形が耳目を集めてしまう懸念を抱くがそこまででもない。勇者を選ぶ行事に熱量を割いた分、他の出来事に気が回らないとでも言うが正解か、もっと言えば正式な承認を得られていない出来事に世界が付いてきていない。そんなものをどう扱えばいいのか、Aと魔王は村に来てしまっていた。

 Bの用事とは、犯人捜しだった。
 それは正義感よりも義務感にかられたもので、Bは評議委員会の議長を務めている。村に警察機構などはなく、小さくはあるが村を運営していくための評議委員会に事態収拾のお鉢が回ってきたのである。そのためか、事件解決の協力を申し出た魔王はむしろ歓迎された。事件の興味が先走ったAも同行を申し出てしまい、そもそも魔王である事実と向き合わなければならないことを思い出す。村に行けない理由をいくつもでっち上げ、検分し、いや待てよそれは今さら無理がある云々と頭の中で繰り返しながら結局は到着してしまった次第である。

 Bほど友好的ではないが、Bが人柄を保証したと見受けられたのか排斥するような気配も現れない。
 規格外の寛容性が信頼を伴い、周囲からの信託をしてBを議長たらしめたことが窺える。
 因みに村長も存在するがほとんど実務を伴わず、決定された案件を儀礼的に承認するに過ぎない。
 長老と言い換えたほうが分かりやすく、年配者を敬う村の土壌が良く表われている。
 
 と、魔王の興味は殺人事件そのものよりも村自体に注がれ、問われたBもよどみなく答える。今さらながらになるほどと思うことも多いAだったが奇妙でもある。

 まず一に、殺人事件について話が進まないこと。
 そして第二に、村の複雑化について。

 機能はAが知らなかったわけではない。明らかに複雑さを進行させている。この現時点において。そして魔王もその事実に気付いている節があり、村自体への興味と見せかけてその事実を試しているようでもある。
「では、そろそろ事件の起きた現場へ」
 魔王が促し、ああ、そうでしたね、とBが思い出す。
「こちらです」

 積み上げた石を漆喰で固めて、村々の家はあった。
 Aの家は森の木を切り出して作られた簡易な小屋だったが、比べると堅牢さが際立つ。
 加えて、多くは家族を単位とした集団であり、集団がさらに村を形成していた。それは間取りや家以外の建造物が必要とされているところに反映され、ささやかではあるが人の賑やかさがある。
 意図せず炙り出された自らの孤独を、Aは見て見ぬふりをする。
 しばらくするとその一群も抜け、森を割って進む道となる。
 もはや村と呼べるかわからず、それでも歩みは止める気配を見せない。
 両脇の木々は鬱蒼としていき、現れた渓流を横切り、気付けば山の風情を伴う。
 登ってはくだり、それでも徐々に標高を上げ、そうかと思うと一行は下っているようだった。
 拓けた谷間に屋敷とも呼べる建物が現れ、降りきったその先が目的地なのだろう。
「随分ご立派な建物ですね」
 魔王が賛辞を述べる。
「こちらは、ある資産家の所有に当たるものでして」
 Bが応じ、建物は徐々にその大きさを露わにする。
 豪壮な、と言う以上に違和感があり、それは村の建物群と一線を画しているからなのか。端的に言えば根底の文化から違うと見えた。石を積み上げる構成ではなく木造を基礎とし、その上での緻密な設計と凝った意匠。
 同じ木を要素としながら、Aの家とは雲泥の差であった。
 観音開き式の扉にドアノッカーが据え付けられている。ごめんくださぁい、とBが扉を叩き、出てきたのは質素な着物の女性だった。
「ようこそいらっしゃいました」
 そう言うと女性は中へ招き入れる。板張りの広間で両脇に階段があり、そこからは二階に通じる。一階広間の突き当りには、他のものより立派な扉があった。通されたのはその先だった。食堂とも言うべき部屋なのか、大きなテーブルに数名の男女が座る。

(続く)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?