駆け抜ける狂騒と一条の郷愁 第17話

【前回の話】
第16話 https://note.com/teepei/n/n7988f16512d8

 自ら作り上げた椅子に座り、魔王は畑を眺めている。男は家の中から顔を出し、しばらく見守る。思案深げなその様子は、畑に植えた植物達に思いを馳せたものなのだろうか。牧歌的な空気が流れる中、均衡を打ち破ったのは予想外の方向から現れた侵入者だった。
「よう」
 と、その侵入者は男に手を挙げた。
 おう、と男が応え、続けて侵入者は、こんにちは、と魔王に挨拶する。どうも、と返す魔王は既に顔なじみの様相を呈している。

 同居して二日目、魔王の存在は早速この侵入者と言わず唯一の懇意である村人に知られるところとなった。
 男が小川から帰ってくると、魔王と村人が会話をしていた。
 男の背筋に寒気が走る。確かバレないための最大限の努力は尽くすと言っていたはずだが、と冷や汗の裏で過去を振り返える。
 いや、気付いた時にはもう遅くて、と、魔王には大した言い訳もない。
 しかし心配したようなことは起こらず、なるほど異国からはるばるねえ、よくおいでなさった、と彼は類稀な寛容性を発揮した。
 そもそも閉鎖的な村の中で、男とつながりを持つことに微塵の抵抗も見せないわけだから素地はあったのだろう。
 とは言え、自らの魔王との邂逅を思えばその寛容性は規格外と言える。物語による干渉の外側でこれほどの特色を持ち得るのだろうか。
 ある種の羨望にも似た気持ちを抱え、ひとまず事なきを得て胸を撫で下ろした。

 村人は魔王のことを、そのまま『マオウさん』と呼んだ。
 そう言えば異国からはるばる、と言っていたが、寛容性には若干の勘違いが補助を果たしているのだろう。彼の言うマオウに魔王の含みは見受けられず、せいぜい見慣れない国の人、程度で接していることが次第と分かる。そして自らの名前を問われたときは、名乗るほどの者ではございません、と答えるまでに留まり、そこから先の名前が出でこないまま、それでは村人Bさんですね、と魔王が決め込んであっさり事態は収束する。名前のない事実は彼に微塵の衝撃も与えない。

「畑仕事ですか、精が出ますねえ」
「いえいえ、ちょうどひと段落したところでして。と言っても、この椅子を作っただけなんですが」
「へえ、この椅子をねえ、へえ…そう、それでね、私も作ってきましてね」
 と、くるんでいた端切れをほどき、現れたのは把手のついたかわらけの盃である。これは、と差し出された盃を受取ると、魔王は矯めつ眇めつ眺める。
「この間、食事に誘って頂いたときに話してたでしょう、あなたの身体の大きさにしちゃあちょっと小さいんじゃないかって、それでね、ひとつ大きい盃をこさえてやろうと思いましてね」
 魔王の食事に舌鼓を打ち、村人Bが盃について言及する姿を何となく見たような気もする。そして盃は友好の証でもある。
「これは、ありがとうございます」
 両の手で抱え、さっそく大事そうに扱う魔王に心の底から喜ぶ様子が伺える。
「折角ですのでどうですか、少し待って頂いてお昼の食事でも一緒に」
 いやあ、と頭を掻き、若干顔を歪ませて続ける。
「そうしたいのは山々なんですがね」
「どうかしたのですか」
「いやあね、実は村で今、ちょっとしたいざこざがありましてね、それで私も村に戻らねばならんのです」
「いざこざ、ですか」
 Aも興味を惹かれる。勇者が旅立った今、一時的に用済みである村で何が起こるのか。
「何だよ、いざこざって」
 たまらずAが口を挟む。
「いやあね、人死にが起きちまってね」
「それは大変なことで…ということはご葬儀のご準備などで」
 お悔やみと労いを等しく持ち合わせた魔王の言葉が差し向けられる。
「いやそれがね、もちろん葬儀はしなきゃあならんのですがね、ただ死んだっていうわけじゃなく殺されちまったんですよ」
「殺された」
「そう」
(続く)

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