見出し画像

見習いたい「タモリ学」3

column vol.945

「3」となっているからには、当然「1」「2」があるわけです😁

一昨年、昨年に引き続き、こちらは見習いたいタモリさんの哲学をご紹介する企画。

今年も「AI時代」の本格的な到来を告げる日々に対して、学び多き記事を発見したので共有させていただきます。

それがデイリー新潮【タモリ倶楽部終了 40年間他の番組なら無理な企画が成立した3つの理由】です。

〈デイリー新潮 / 2023年3月5日〉

こちらは、ファンから惜しまれながらも3月末に終了する『タモリ倶楽部』の解説記事。

同番組はこれからの時代に対して、大切なことを教えてくれていると思うのです。

『タモリ倶楽部』は人々の心の支え

タモリ倶楽部は言わずもがな40年も続いた桁違いの長寿番組

デイリー新潮はこの番組について、このように言及しています。

この番組を毎週見ていたわけではない人の中にも、終わることを寂しいと感じている人が多いような気がする。『タモリ倶楽部』はただのテレビ番組ではなく、その存在自体が人々の心の支えになるようなものだったのだろう。

「存在自体が人々の心の支えになるようなもの」

この言葉に大変共感させられます。

では、なぜか?

それは、「ゆるい」とか「狭い(マニアックである)」といったものを成立させてきたからです。

この番組は「流浪の番組」を名乗り、飾り気のない会議室のような場所で収録が行われたり、低予算を売りにしてきました。

内容はマニアックなものが多く、他の番組では取り上げないような超マイナー趣味を紹介したり、独特の切り口があります。

もともとのターゲットが狭いと思われるようなものを、あえて見つけて面白がるところがあったというわけです。

こういった「マニアックなものを楽しむ」というのは、『マツコの知らない世界』『サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん』という人気番組にも引き継がれているエッセンスでしょう。

「成立していない」ことを「成立させる」

普通の番組づくりでは「成立しやすいもの(テーマ・内容)」を膨らませて構成していきます。

しかし、その対極にあったタモリ倶楽部を、デイリー新潮ではこのように評価しています。

他の番組なら「成立しない」と言われて却下されるようなネタが、積極的に取り上げられるようなところがある。
「そのテーマだけで30分の番組を作るのは無理だろう」と思われるような題材を選び、それを深く掘り下げていく。その姿勢だけは一貫していた。

こういった熱き姿勢を淡々と見せていく

しかしそれは決して容易くなく、企業の商品開発でも、「売れそうにないもの」を「売れるように」開発するというのは至難の業

だからこそ、タモリ倶楽部の姿勢に人は何か感じるようなところがあり、「心の支え」になっていたのではないかと推測されます。

「成立していない」ことを「成立させる」

この考えに触れた時、以前読んだ「国内初のAI映画」についての記事が頭に浮かびました。

〈シネマトゥデイ / 2022年6月6日〉

映画の名前は『少年、なにかが発芽する』

短編『桃まつりpresents うそ/愚か者は誰だ』SAPPOROショートフェスト5周年記念特別賞を受賞した渡辺裕子監督が、ストーリー生成ソフトウェア「フルコト」が生み出した脚本をもとにつくり上げた作品です。

昨年3月の「大阪アジアン映画祭」、6月のアジア「最大級の国際短編映画祭ショートショート フィルムフェスティバル&アジア」にて上映されたことで話題になりました。

といっても、まだまだAI脚本は実験段階

AIが生み出したストーリーは支離滅裂で、当然人間の手を加えて完成しています。

この時、渡辺監督が話したある指摘がとても重要だと思ったのです。

AIが人間に対する優位性は、数が出せること。ただそれが使えるものか? となると、人間は物語の構造や因果関係など意味を求めてしまう。(整合性を考えてしまったりするので数が出せないため)そこは人間の限界なのかもしれません。

「支離滅裂」を愛せるか?

私は昨年この記事を読んだ時、「なるほど、まだまだAIもそんな精度か〜」ということしか思いませんでした。

しかし、タモリ倶楽部の記事を読んだ後、もう一度この記事を読み直し、上述の渡辺監督の言葉に再び触れると、新しい見解が生まれます。

AIの未完に立脚して、新しいものを生み出すことができる。

これまでの私は、AIに「完璧であること」を求めていました。

いずれは、精度の高いAIに進化していくのでしょうが、今の段階のAIに期待するのは「その不正確さ」にあるのではないかと感じたのです。

人間だったら生み出せないような支離滅裂な話を面白がって、その話を成立させていく

これまで私たちは人間がつくり出したものからインスパイアされ、新しいものを生み出してきましたが、それは実は狭い発想で完結してしまっている可能性もあります。

人間じゃ考えられないもの奇妙に思うものを起点にクリエイトしていけば、人間の表現の可能性はまだまだ広がるのではないかと勝手に思っていましました。

以前、水曜日のカンパネラケンモチヒデフミさんが、曲づくりの際、あえて他のメンバーから「お題(キーワード)」を出してもらうと語っていらっしゃいました。

自分の頭から創造の種を見つけようとすると、今まで自分がつくり上げてきた作品と同質化しやすくなってしまう。

だからこそ、自分にはない発想の種を人から与えてもらうというわけです。

そうして、TikTokでバズった人気ナンバー『エジソン』も生まれたのです。

創る前に「壊せる」か?

昨年他界した当社の先代社長は、80歳で生を全うするまで、常に新しい見識を持ち、常に新しいアイデアを持っている人でした。

その極意を尋ねたら、このような答えが返ってきました。

対極をどう取り入れるか

「自分を空っぽの透明な箱にして、自分の対極にいる人たちの話を聞き、その人になってみる。そのトレーニングを繰り返しているだけ」。

自分とは違う世代ジェンダー業界思想の人たちとそうして触れ合っていく。

先日、【仕事は「望まない」場面こそ好機】でテレビプロデューサーの佐久間宣行さんが、AD時代に「サッカー部の女子マネージャーの手づくり弁当」の小道具をつくるように指示されて四苦八苦した話に触れましたが

もしかしたら、それが佐久間さんにとって「対極にある人」だったからこそ、脚本を変えるようなユニークなものに仕上がった可能性もあります。

対極を取り入れることで、新しいものが生まれる。

しかし、これが簡単そうで難しい…

人は元来、「面倒くさがり」「弱い」からです。

自分と異なる人たちのことを理解するのは骨が折れますし、自分と異なる思想を持った人は脅威に感じるというのが本音でしょう。

全部が全部は無理にしても、ちょっとトレーニングとして取り入れてみる

アルゴリズム最大公約数的な答えに立脚しているのであれば、人間「n=1」から考えれる資質は持っている……はず。

少なくても自分という小さな世界で考えるだけでは、すぐに自分の中で飽和してしまうのは確かです。

自と他(AIなども含めて)の境界線をよりシームレスにしていくことを意識化することが、新しいアイデアとの出会いにつながっていく手助けになってくれるのでしょう。

これからの時代は創る前に「壊す」

そんな視点をもつことが、とても大切になるのかもしれませんね。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?