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ひょっとして、を抱えて
8月6日は何の日か。
人の上に太陽が落ちた日だ。
3歳の男の子は、8月9日、「おばさん」を探してまだくすぶる爆心付近を歩いていた。
変わり果てたおばさんを焼いてもらって、鳥取へ連れて帰った。
そこから、
そっと握手をしただけで、皮膚は内出血を起こした。
野球をすれば、グローブが当たるところがいつも内出血で真っ黒になった。
「ひょっとして」なんて思うわけがない。
そうやってやりすごして、生まれ
シュールストレミングな呪い
1996年春、志望する高校に合格した。
旧制中学から続く公立高校。もちろん第一志望だったからうれしかった。
高校生になると、義務教育から離れる。
これまで持てなかったアイテムが持てるようになる。
男子はどうだか、今はどうだか知らないが、当時の女子といえば、限られたアイテムの中で、個性を出し、小さなマウントをとり、自己満足を得るものだった。
当時のスタンダードは、時計はBABY-G、ポーチやペン
錆びたみなとで大声で歌おう
色褪せていく勇気が出ない時もあり そして僕は港にいる
消えそうな綿雲の意味を考える
遠くに旅立った君の 証拠も徐々にぼやけ始めて
目を閉じてゼロから百までやり直す
写真は、Googleが撮影した、ふるさとの港だ。
私が生まれ育った町のこの港は、ごらんのとおりで、非常時のみに閉められていた鉄扉は、今はずっと閉まったままだ。
祖父も、伯父も、父も、ここに漁船を泊めていた。
祖父は本業のイカとタチウ
新婚旅行とグアムとトイレ
200X年、運よく数寄者と出会い、私は結婚することになった。
10代の半ばごろから、自分の身の程とキャラを鑑みて、結婚することはないんだろうなと思っていたから、数寄者のもの好きっぷりには驚きの連続だった。
結婚式も披露宴も新婚旅行も分不相応だと思っていたのだが、私より数倍立派な乙女を内包する数寄者はサクサク準備を進め(なんならドレスも積極的に決定された)、春、めでたく夫になった。
さて新婚旅行で