見出し画像

貧乏腹の正体

私はちょっとした「苦学生」だった。

父が会社の覇権争い(マジで)に負け、想定外の煮え湯を飲まされることになったのと、私の進学がほぼ同時だった。
それでも両親は、快く私を(高齢出産の一人娘を!)県外の大学に出してくれたので、私はバイト三昧で、自炊できる範囲で、貧乏飯をかきこむ日々を送っていたのだった。
そしていつからだろうか。ごちそうを食べるとおなかを壊すようになっていた。

おいしいものを食べると、30分~40分ほどで下腹部からエマージェンシーコールがかかる。
これが外出先だと、顔を青くしたり赤くしたりしながらトイレを求めてさまようゾンビとなる。
ドライブ中だと、必死の形相でサービスエリアを探すことになる。

困ったことに、この「おなか急降下」は食べると必ず起こるわけではなく、完全なるゲリラ攻撃だった。肉を食べてもならないときもあれば、雑炊で来るときもある。
私の腹にはレジスタンスがいる・・・私の何が気に入らないのか。

夫は、交際当初からそんなレジスタンスどもを「貧乏腹」と呼んだ。「貴様には青春がない」とひたすら餌付けに励んだ。
エビが好きだといえば、超巨大なエビフライを出す店へ。
焼肉が好きだといえば、生レバー(※当時まだ合法!)の有名なお店へ。
チーズが好きだといえば、燻製にえらいことこだわったお店へ。
そして、そのたびにレジスタンスは漏れなく暴れ、デートのムードなど早々に消え、私は「トイレ」としかつぶやかなくなるマシーンとなっていた。

結婚後半年。忘れもしない、2007年の10月。
私はmixiの地域コミュニティで知り合い意気投合しまくった主婦仲間とドライブに行った。
巨大な握り飯とでっかい鶏の照り焼きを出す有名店で食べしゃべり散らかし、帰路についていると、いつもとは全く違うところが痛くなった。
前述のとおり、私が把握しているレジスタンスは、直腸界隈を縄張りにしている・・・はずなのに、今回はみぞおちが痛い。
当時の私はまだ若く、胃痛とは無縁だったのに、どうやら胃らしき場所が痛い。
はじめての「胃痛」に動揺した私は、主婦仲間たちに促されて、解散後、すぐに近所の胃腸科へ向かった。

「念のため」と受けたエコーは、引くほどはっきりと異物をとらえており、私は即刻大病院送り(※ただしセルフ移動)となった。
あれよあれよという間に診断はつき、私の貧乏腹の原因、レジスタンスの元凶まで判明していった。


それは「胆石」であった。
肝臓で製造された胆汁を濃縮する「胆のう」という小さな臓器の中に、石ができている。
たいていの人はできたとしても砂みたいな小粒サイズなのに、私のはどうやらビー玉サイズらしい。
胆のうにはほぼ痛覚がないためこれまで暗躍できていたが、ひょっとしたはずみで、2007年10月、胆管にひっかかるポジションに鎮座し、痛みをもたらしたらしい。
そして、おそらく胆のうは機能不全を起こしている。胆汁は薄いままで、それが消化不良を起こしている・・・

直腸レジスタンスは真の敵ボス「胆石」の手下でしかなかったのか。
本当に悪い奴は、そうそう正体を見せないのはほんとうだな。。
半ば感心している私をよそに、担当医の話は続く。

「なんとなく痛いかも」は「終わりの始まり」のようなものです。
脂っこいものを食べると、胆汁は活発に出ようとします。
そうすると、今後ますます、石が動いてひっかかりやすくなります。
手術までは、くれぐれも、石を刺激しないように。


手術前1ヶ月、日常生活を送りながら、私は修験者のごとく過ごすことになった。
ファストフードも肉も禁じられた。赤身の魚も刺身もダメだという。どれもこれも大好きだ。こんなの拷問ではないか!!!!!

1度、こらえきれずフライドポテトを食べた。言ってもあのときの胃痛みたいなもんだろうとたかをくくっていたら、仕事先で前代未聞の激痛祭りが発生してしまった。
「ちょっと痛いかも」なんてもんじゃない。例えるなら、みぞおちを棒状のもので思い切り突かれた瞬間の「うっっ」というあの痛みが、エンドレスリピートである。
おそらく完全に胆管に「はまった」形になったであろう胆石は、どうやっても耐えられるものではなく、私は人生初の脂汗をかき、1時間半もがき苦しんだ。

医師の言うことは、絶対である。

そうやって、2007年11月、私は胆のうごと胆石を切除した。
切除した胆のうは、とうの昔に機能不全を起こしており、壊死に近い状態になっていたという。医師の見立てでは、約7年。
ああ、私が「貧乏腹」になったころとぴったり符合するではないか。伏線きっちり回収である。

そのころ、夫は、結婚半年の新妻の内臓を見せられるはめになっていた。
なんでも、術中に待機所で呼ばれて、
「はい、これ、奥さんからとった胆のう。今から開きますね」
とシャーレの上の胆のう御開帳の瞬間を、カジュアルに見せられたらしい。
鬼下痢新婚旅行に引き続き、とんまと結婚したがためにまったく気の毒としか言いようがない。

あ、そうそう、TOPの写真は、その胆石ご本体である。

「胆のうをとったら痩せるし、下痢もなおるよ」と言われたが、ちっとも痩せず、レジスタンスはいまだ現役で、私は相変わらずの貧乏腹である。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?