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百折不撓

2020年某日、某スイミングスクールにて

その日、息子は、見ず知らずの年下男子に喧嘩を売られていた。

仲良しの中学生と、世間話を楽しんでいたところ、習い事の話になり、剣道をしているよ、という話をしたところで、後ろでそれを聞いた年下野郎が会話に割り込んできたらしい。
そして、開口一番
「おまえ、剣道やってんなら、鬼滅の技やってみろや」
と言ってきたそうな。
初対面の年下のくせに、酔っ払いのおっさんのイチャモンみたいな口調である。激しく面倒くさかったが、まぁいいや、と、その場で(竹刀もない、上半身裸の、水着姿で)「霹靂一閃」を披露したという。
この時点でめちゃくちゃ恥ずかしかったのだが、年下野郎は容赦ない。

「はぁ~~?!しょぼ!おまえそんなんで剣道してる意味、なくね!?

百どころじゃなく折れる日々

息子は、はっきりいって「どんくさい」子どもであった。
運動は嫌いでおうち遊び大好き。集団で最前列にいても、いつの間にか押しのけられて最後尾にいる。自己主張が下手くそで、常に利他的で自己犠牲が激しいタイプ。その気性は、かの「悪魔」と呼ばれる2歳前後のいやいや期ですら、自分の「いやいや」を人にぶつけることができず、かんしゃくを起こすと土下座のポーズで自らの頭を床や壁に打ち付ける自傷スタイルをとるほどの徹底ぶりだった。

優しくていいやつ。幼稚園時代は、女子からははっきり言って好かれていたが、モテはほどほどだった。「いいやつ」は嫌われないので、友達には恵まれ続けて今にいたる。
ただ、小1クライシスは思わぬところからやってきた。
クラス内に、とんでもない暴れん坊がいたのだ。ジャイアンどころじゃない。自分の通る道(廊下)に他人がいたら、物のように投げ、はらいのけて歩くのである。体も縦横に大きく、皆が恐れる暴れん坊。(※後年、家庭環境起因の情緒障害とわかる。暴れん坊もまた、被害者であったことを、彼の名誉のために書いておく)その暴れん坊に息子はターゲットにされた。わざわざ息子のいるところに向かってきて、体当たりしてくる。体重差15kg、息子は瞬殺だ。掃除中にいきなり上手投げをされて顔の右半分を青くして帰ってきたこともある。運悪く担任が最凶と名高い無能だったこと、更に親が一切の電話に出ない+参観日にも来ないため、打つ手なしだったのである。

2月、ついに息子は、学校に提出するノートの表紙に「あいつがいる学校には行きたくない。僕は転校したいです。」とはっきり書いた。
「みんなに読まれるよ?いいの?」と訊くと、息子はわんわん泣きながら、「いい。本当のことだから」と言った。
幸い、息子は暴れん坊以外とはきわめて良好な人間関係を築けていた。毎日学校に一緒に行く仲間もいた。何よりもう2月。あと1か月、耐えよう。このノートは先生に出してもいいよ。お母さんからも先生に説明するからー私は、担任に、ここまで本人思い詰めてます、絶対に2年では一緒のクラスにはしないでください、と訴えた。担任は「わかりました」とだけ、答えた。

それでもたおれない人になりたい

そして3月半ば、息子から「やっぱりどうしても剣道をやりたい」と直訴された。それまで何度か剣道やりたい、と言われていたが、既に水泳を習っていたこと、ハイパーどんくさいちゃんなこと、気弱なこと、すべてが剣道と真逆に思えて、私たちが二の足を踏んでいた。

「おれ、暴れん坊に負けない人間になりたいんよ」

息子の決意は本気だった。もう投げられる自分にも、ふっとばされる自分にもうんざりしていたのだ。
「でも竹刀は、剣道のとき以外に使ったら犯罪なんだよ?なにより卑怯だ」と諫めると、
「そんなことは知っとる!俺は卑怯者にはならん!学校で剣道してるの見たんよ。がーんとぶつかっても倒れんのよ。おっきい声出してかっこいいんよ。頭ばんばん叩かれてもがんがん向かうんよ。俺は負けん人になりたいんよ!!!」

半月後、息子は、晴れて剣道を開始した。
案の定、体力もスピードもなく、派手な活躍はできていない。だが、仲間に恵まれ、愉快に楽しくやっている。厳しい稽古も、一度だって痛みで泣いたことも休みたがったこともないし、掛かり稽古(先生と対峙する稽古)も、一番厳しい先生のところに行く。
気が付けば運が味方してくれて、地域代表の大将(Bチームだけどね!)を拝命され、他チームにも仲間ができた。

さて、話を戻そう

「剣道する意味なくね?」と言われたのは、そんな息子にとっては許しがたい言葉だった。でも、4年前なら、許せなくても、涙を小さく流してうつむくか、何日も立ってから私に怒りを伝えてくるかだった。
もうあのときの息子じゃない。

「ねえ、伊之助の苗字わかる?」
-年下野郎は答えられなかった。

「はあああああ?嘴平だよ、はしびら!俺、鬼滅好きじゃねーし、読んでないけどわかるよ?主役級の苗字もわかんなくて、鬼滅読む意味、なくね?!

・・・・応じ技イッポン!といったところだろうか。煽りを即座に煽り返す。しかも相手の最もイタイところを即斬である。

年下野郎は泣きだした。さも年上にいじめられたかのように泣いたらしい。
ただ、息子のほうがはるかにスイミングのキャリアが長い=まわりは知り合いだらけである。一部始終見ていた証人多数すぎて、息子にはコーチからはまったくお咎めなし、反対に先に煽り、失礼発言をした年下野郎はこっぴどく叱られたそうな。スカッと何某みたいな展開である。

「剣道は心が大事なんよ。意味がないなんてことは、ない」

そこにはもう、やられっぱなしの幼児も、感情を内腑に閉じ込める1年生もいない。
打ち打たれ、
考え、
錯誤し、
仲間を送り出し、
仲間を背負い、
孤独な試合場での一瞬に一閃して
成長した少年がいる。

剣道は間違いなく息子の心を育ててくれている。
何度も言うが息子は剣道の腕は強くない。でも、心は誰より成長したと思うのは、親ばかでしょうか。

ありがとうございます。
息子は折れない、倒れない男になりました。

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