「負けないでください…」と、涙目になった就労移行支援のリアル(投げ銭・無料で読めます)
例年のクリスマスに比べ、クリスマスソングのBGMが少ない冬。
先進国が集まる北半球は冬を迎えて太陽光の入射角が鋭角さを増す。面積当たりの光量が減ることによる低温、それに伴う乾燥、紫外線量の低下。ウィルスには都合の良い環境が揃う。あと数ヶ月もアウェイである冬が続くというのに、すでに人間社会は初冬から新型ウィルスに防戦一方であることもクリスマスソングがあまり聞こえない理由の1つであろう。
「引っ越しは、物件が人気でまだ決まりません…」
「3件くらい内見希望があるみたいです…」
就労移行支援の支援員に、若い訓練生が力なく話していた。
障害者の社会参加を促進するべく制定された障害者総合支援法には、就労移行支援という国の支援制度が定められている。例外はあるが、無職の障害者の就労・雇用を促進する福祉サービスである。訓練から始まり、無給の実習を経て就労を目指すのだ。
『そうなんですねぇ。年明け、また話しましょうか』
支援員は、傾聴風の仕草でサラリと返答していた。
物件が人気、内見3件で決まらない。解せない。
不動産は厳然たる契約表明順だ。シンプルな先着順。彼がいの一番に契約表明したなら、彼が契約出来る…。なぜか…
彼は精神疾患による障害者年金もしくは生活保護を受給しているのだ。
わたしは、障害者年金や生活保護を受給しているなら毎月安定に家賃を支払えるから大家は嬉しいだろうと現実的に考えていた。ウィルスの猛攻によりリストラや会社の倒産が今まで以上に多くなる状況では、サラリーマンなんかより安定だと。
否。
大家は障害者年金や生活保護を受給している人には貸したがらない。ゴミ屋敷、奇声、奇行、ご近所トラブル…そんなイメージが先行して貸したくないのが本音なのだ。
完全なる偏見。
もちろんトラブルメーカーの人もいる。しかし、それはごく一部に過ぎない。ましてや、障害者年金または生活保護を受給しながら就労移行支援で訓練をしているこの若者に関しては断じてトラブルメーカーにはならない。
語弊を承知で平たく言えば、国からお金をもらえているラクな状況から自らの労働でお金を得て生活したいと訓練を受けている真っ当な若者だ。そこら辺の能天気な健常者や年金にぶら下がるだけの高齢者なんかより真っ当だ。
彼は人知れず戦っているのだ。
人としての尊厳を取り戻すための自尊自立の戦い。
しかし、明らかに分が悪い。
いつ戦意を失ってもおかしくない。
望みもしない精神疾患を抱え、偏見に満ち満ちた世間で、職務経験がほとんど無い彼が戦うには絶望的に分が悪い。アパートの契約、就労、慎ましやかな生活を送る賃金、どれも壁が分厚すぎる。
基本的人権も、人としての尊厳も、この国では軽んじられる。のんべんだらりと生きてこれた大多数の中流層の健常者に、自分と違う境遇や障害を知る機会も想像力も無い。
「負けないでください」
そう心の中で言うしかなかった。
わたしには何も手伝うことは出来ない。
同情なんか糞の役にも立たない。
特別な教育や研修を受けたわけでもない薄給の若い支援員には、同じく若い彼に本気で寄り添いサポートする気概も知恵も行動力もない。
結局、彼はその翌日から訓練所には来なくなった。
企業で無給の実習を1ヶ月やりきった直後だった。
クリスマスまであと数日の火曜日だった。
就労移行支援を利用している精神疾患者、精神障害者はのべ500万人に迫るという。もちろん全員がこの若者のように矜持を持った人間ではない。しかし、あまりにも不条理な現実を垣間見たわたしは、涙が落ちるのを耐えるしかなかった。
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