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東京芸人逃避行 ランジャタイ伊藤幸司 バベル川副晃広 ②
「どっか行こうよ!」
伊藤さんからである。
最後に遊んでから日にちはそんなに経っていない。
秋葉原に行ったのが楽しかったのだろう、嬉しい事だ。
友達が多い方ではない僕は昔から求められることが多くない。
遊びの誘いは出来る限り受けたい。伊藤さんなら尚更だ。
「どっか良いとこある!?」
案の定人任せだ。
伊藤さんはどこかに行きたい人だがどこに行きたいというのが無い人だ。
その場その場の成り行きでその日を決めたいのだろう。
「三鷹はどうでしょう」
「いいね!凄く良いと思う!他あるかな!」
「それじゃあ谷中なんかどうですか。昔その辺に住んでました。商店街が凄く雰囲気良くて美味しいメンチカツを売ってる店があるん」
「三鷹にしようか!三鷹で!」
2019年4月22日
伊藤さんと三鷹で遊ぶ約束をした僕は、約束の12時半に駅に着いた。
「10分遅れる!」
そう言って伊藤さんが到着したのは13時前であった。
想定内である。
伊藤さんはよく襟を切ったThe StoogesのTシャツを着ている。この日もそうだった。
僕もそうだし、川副さんも切る。
伊藤さんの周りの人間はTシャツの襟ぐりを持て余している。
「いいねタケイちゃん三鷹!ワクワクするね!」
目的の無い僕らはとりあえずと、三鷹を散歩することにした。
コンビニに寄り、当たり前のように酒を買い飲みながら歩いた。
僕はビール、伊藤さんは緑茶割り。
ジュースとほぼ同じ値段で買える酒は、僕らにとっては清涼飲料水である。
「こっち!こっちいい感じだよ!」
土地勘など無い僕らは適当に歩き、何となく良いなと思った方向に歩を進めた。
4月後半だったが外は暑く、伊藤さんは着ていた上着を脱ぎTシャツ一枚になっていた。
「天気も良いですし暑いですね」
「そうだね!お酒も進むね!どんどん呑もう!」
「伊藤さん、別に無理して飲む必要なんか無いんですよ」
「伊藤さん孤独のグルメは好きですか。実は昨日三鷹編を見て来たんです。この近くに主人公の井之頭五郎が行った店があるんですが行きませんか」
「良いね!行こう行こう!俺見たことないけど!」
「お食事 樹」はたまたま歩いていた近くにあった。
ドラマでは大皿料理がカウンターに乗せられていてそこから選んで定食にしてもらうというメニューがあったが、
それは夜だけなのだろうか。
僕らが行った時には大皿料理は無かった。
僕らはお互いに定食を頼み、それを待つ間瓶ビールで乾杯した。
元々定食に付いているものなのか、
先付けにたくあんと、ほうれん草とベーコンのバター炒めのようなものが運ばれて来た。
それをつまみに酒を呑む。
「あなた達はドラマを見て来たの?」
「そうなんです。僕がとても好きで、三鷹に来たので絶対来ようと思ってやって来ました」
「そうなのね。アレ2012年とかなのに。これ良かったらどうぞ」
きっと僕のような人間はよく来るのだろう。
店員の女性は、原作者と主人公を演じる役者との記念写真をプリントアウトしたものを僕らにくれた。
「伊藤さんドラマ見てないんですよね」
僕らは定食屋を出て駅の方に戻った。
伊藤さんが川副さんを呼んだのだ。
川副さんはリネン素材の黒いシャツを首元まで止めて、オールドコーチのバッグを肩から下げ、いきなり酒を持っていた。
呑んでいるのはストロング。強い酒だ。
「あいつはもう駄目だ。呑んでない時ないもん。アル中だよ」
伊藤さんは酒に関しては川副さんのことを諦めていた。
僕も諦めている。
いつか川副さんは酔って舞台の上で酒瓶を割り、割れたガラスの上を裸で転がるだろう。
「どこか行くところなんかは決めてるのかい?」
「いえ。何も決めず散歩してます」
「いいね。あっちの方行こうよ」
僕らは目的も無く、また気になる方へ歩き出した。
各々酒を買い、他愛も無い話に花を咲かす。
小川が流れている砂利道なんかを中学生が盛り上がりそうな下ネタを話しながら歩く僕らは、そんな筈無いのに無限に時間があるような気がした。
その川は太宰治が入水自殺をした川だと僕らは看板で知り、
東京に無人販売所があるということに驚きながらへべれけに道を歩いた。
僕らは歩いてそのまま吉祥寺まで行き、
少し古着屋を冷やかして別れた。
もっと一緒にいたかったが、僕は夕方からアルバイトがあった。
好きなことをして生きていくのはいつになるだろうと、
後ろ髪を引かれながら生活の為労働に向かった。
夢の一つに自分の書く文章でお金を稼げたら、 自分の書く文章がお金になったらというのがあります。